俺の望みを歌に乗せて
第四期:祝福を!
新婚さんいらっしゃい
普段の自分達なら絶対利用しないような、アティルトの豪華ホテルの一室に、この日夫婦になったばかりの一組の男女がいた。 調度品ひとつとっても高級感あふれるラグジュアリーなつくりと内装は気品に溢れている。 あまりの豪華さに、この部屋に泊まる男女は少々気圧されているかもしれない。
口を開けて調度品を見ている。 ら、らぐじゅありー。 ……何か、こう、すごいな。 語彙力の死んでしまった詩人が、一番にした事は、とりあえず靴を脱ぎ捨てることだった。
──あぁ、楽しかった。 いっぱい、祝福をもらっちゃった。どうしよう、すごく、幸せ。 ノチェ、おつかれさま。と、両手を伸ばし。
かっこよ… えぇ? 俺っち?
こういう場は、やっぱ花嫁さんが一番、いちばん輝いてなくちゃ!
…君の美しさを、引き立てることが出来ていたならば、俺っち嬉しいよ。
自分の右手を、彼女の左手を。唇に。
世界一、きれい。
……あいしてるよ? 奥さん?
言ってから、少し恥ずかしそうにはにかんで。
…!
左手に口付けを施されて頬を赤らめる。
い、一番…か、輝いてたって…。
えと…て、テルプに、褒めてもらうのが…い、一番、嬉しい、から…。
「世界一、きれい」と。益々頬を染めて。
あ、ありがとう…。
…そ、そっか、旦那様だもんね…!
え、えと…。
あ、あいしてる!旦那様…!
照れながらもその呼び名を呼べることに嬉しそうに笑った。
その破壊力に顔を覆ってよろめいている。
しばし動作を停止した後、なんとか調子を戻して。
……夫婦、かぁ。
出逢った頃は、こんな風になるなんて、思いもしなかった。
ほんとうに、ありがとう。
何に対してか。お礼を言いたいことがたくさんありすぎて。
……俺を、みつけてくれて。
それだけ、言って、彼女の体を腕の中へと引き寄せる。
わ、私も…こ、こんな…け、結婚までできるなんて、お、思わなかった…。
ず、ずっと、ど、どんな形でもいいから、そ、側に居れたらって…思ってたけど…。
み、見つけてくれたのは、テルプでしょう?
初めの吟遊詩人パーティに誘われた事をいっているが、もちろんテルプが言っているのはそのことではないことも、わかっていて。
…わ、私の方こそ、あ、ありがとう…。
お、思いに、応えてくれたのは、テルプだよ…。
引き込まれた腕の中、愛おしそうに頬に触れた後、それからトレードマークのない髪に触れた。
…ほ、本当に、鈴、無くても平気になったんだね…。
こ、これで毎日お風呂、入れるね?い、いっしょに入る?
自分で言った言葉に照れながらも、冗談めかしてそう笑う。
それからふと、目が合って。
…テルプ…。だい、すき…。
ゆっくり、瞳を閉じた。
忘れたい事なんて、もう何も、…なくなったからね。
ぜんぶ、君の。君に逢えた、大切な。
……だいすきだよ。
自分も目を閉じて、軽く何度も啄むように、唇を重ねて。
少し離れる度に、いつもと違う髪が、ドレスが、目に入ってくる。
おふろ、も、いいけど、…今日はこのまま、もうちょっと、ね。
一生に一度の姿だから、もっと堪能したい。
指先で髪を撫でるとふわりと、花の香りがした。
そのまま、普段は見せることのない鎖骨へと指を這わせて。
ここからは、俺だけのための、装いだ……。
布の感触を楽しむように、我が物顔で両手は純白の衣装の上を動かしつつ、
次第にキスは、深く。
うん…。
わ、私も、テルプのその格好、もう少し見てたい…。
えへへ…つ、詰襟って新鮮だね…!
にこにこと新郎の姿を眺めて、金の装飾に触れたりして、楽しんでいると、鎖骨を触れられてぴくりと反応する。
幸福感と高揚感で、身体が火照っているのが分かった。
口付けは深くなっていく。
あ、あの…ね…。
こ、この…ドレス………ひ、一人じゃ、脱ぎ着……でき、ない…んっ、だって……。
だ、だから………す、好きなとき…ぬが…せて……。
ドレスの背中側に編み上げ紐が見える。
位置的に後ろ手では厳しそうだ。このドレスを作った人は脱がせることまで考えてたのだろうか。
脱がせた時には、花弁を剥ぐように、更にその下にドレスと同じ真っ白なビスチェとタイツ、そこから覗く薄い衣が見えるだろう。
イラスト:かげつき
…ん。
もっともっと彼女の奥まで。その欲求に逆らわずに。
唇を重ねたままで、背中へと手を伸ばす。
紐をゆっくり緩めると、花嫁衣装の隙間から、白い肌よりも純白の下着が覗いた。
いつもと違う衣装に少々戸惑いつつ。重力に任せてぱさりと落ちたドレスの真ん中に立つ彼女の手を取ると、ベッドの方へと誘う。
歩ける?
エスコートするように、手を引いて。
うん…。
ドレスの花弁から抜け出して。
引かれるままに、惹かれるままに、彼の方へ。
とすん、とベッドに腰をかける。
こ、これ…わ、私、ち、小さいから、き、着なくてもいいって言ったんだけど…。
め、メイドさんが…き、着ないとだめって…。
て、テルプ…。こ、これも、ぬ、ぬぎかた…わかんないの…。
もじもじしながら顔を赤らめて見詰めた。
うん、すっごく、きれいだよ?
アノチェの肩をトンと押して、仰向けに倒すように。
自分は横に腰掛ける。
ね、もうちょっとこのままって、言ったじゃない。
白い布から伸びる手を、足を、指先でつんつんと突くように、なぞるように。
いつもと違う姿を、熱のこもった視線で見つめている。
ひゃ…!
ん…!
つんつんと突かれて、なぞられて。くすぐったそうに身じろぎをする。
…え、えと…わ、わかった…。
す、好きなだけ…見てて…いいよ…。
絡むような視線に内側の火が燻って。
彼が飽きるか手を出すまでずっとそのままでいるつもりだ。
…て、テルプも…。
わ、私だけなの…ずるいよ…。
……俺? …………いいけど。
そんな風に、相手から自分を求められる事には未だに慣れない。
上着の前を外し…、下に来ていたゆったりしたシャツのボタンも外して。
目線を感じると、恥ずかしそうに笑ってアノチェの隣に横になる。
……ちょっと、照れるね。
視線から逃れるように体を寄せて。
彼女の頭を抱えるように、胸元へと抱き寄せると、ビスチェの留め具を外していく。素肌と素肌、胸と胸が触れ合うと、心臓の音が互いへと伝わって。
彼の衣服を脱ぐ動作ひとつひとつを瞳に焼き付けて。
掻き抱かれると花飾りが散ってシーツに溢れ落ちた。
ふわり、香りが漂う。
肌と肌を重ね合わせれば音も体温も混ざっていくのがわかる。
その感覚に彼女はほぅ、と溜め息をついた。
……テルプ…、わ、私、凄くどきどきしてる…。
……きょ、今日は特別にどきどきするよ。
お、奥さんになって、初めて…だから、なのかな…。
視線をどうしても合わせたくて、彼女は少しだけ身体を離す。
それから彼の目を、じっと…恥ずかしくてもじっと見詰めた。
あ、あのね、あの…。
わ、わたし、テルプの土になりたい。
た、種をね、撒いてもらってね、芽吹かせて、実らせたい。だ、だから…。
二人が夫婦になって。はんぶんこして、積み上げるもの。
それは…。
い、いっぱい、愛し合おうね…。
まっすぐ、いつでも自分に真っ直ぐに向けられる視線に、照れている場合では無いのだ。自分も、真っ直ぐに見つめ返して。
あいしてる。
ふたりで、交じり合って、ひとつになって。
晴れの日も、雨の日も。
一緒に、育んで行こう…。
この行為の本当の意味を、君に教えてもらったのだ。
愛してる。いっぱい、愛してるよ。
唇を、身体を、重ねて。
深く深く口付けられて、甘い蜜色のカーテンが降りた。
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朝食だ、と起こされて、そういえば昨夜そんな事を言われてたっけ、などとあたふたと、平民らしい慌て方で。彼女を起こさぬように、と、人差し指を立てると、承知しました、とばかりに静々と豪華な朝食がテーブルに用意されていく。
良い香りと、気配に、彼女の目が覚めるかもしれないし、……バトラーが立ち去った後に、テルプが優しく揺り起こしているのかもしれない。
……はよ。
驚くほどかすれた声に苦笑する。
…おはよ、奥さん。何か、飲む?
喉が、からからだ…、と、長い夜を思い出して、笑いながら、彼女の頬へとキスを。
文字通り、気を失うまで愛し合って。
甘い微睡みのなか、彼の声とキスで目を覚ます。
ん…ぅ…。てる、ぷ……。
こちらも掠れた声で。
うん……のど…かわい…はぅ!
起き上がろうとすると腰が抜けて、バランスを崩して彼の方に寄りかかる。その拍子に漏れだした、名残の種に顔を真っ赤にして。
………お、おは…よ、旦那さん…。
はにかんで、笑った。
あれ程全てを曝け出して求め合ったというのに、それでも恥らうアノチェセルをニマニマしながらテルプは眺めて。 二人、朝食を取る。
ノチェ、俺っちね、今まで村に仕送りしていたもの、全部、ノチェの孤児院に寄付したいんだ。…俺の償い、みたいなものだったけど、それでも、村の為に送ったもので、さ。それが、子供達の為になるならって。…だめ、かな?
彼女は目を見開くと微笑んで。
…ううん、う、嬉しい…。そう、して。て、テルプの思いが、孤児院で活かされるなら、わ、私大歓迎だよ…!お、おばさんも受け入れてくれると思う
安堵したように彼は笑うと、二人のこれからを。
て、テルプ、これから住む所、ど、どうする…の?
あ!そうだった! アティルトで何箇所か見つけたんだけどさ、ほら、二人で住むものだし? ノチェにも見てほしいんだ
わ、わかった…!じゃあ、今日、みにいこ…! そ、それで、移り住むまで…このお部屋、借りちゃおっか…? す、スワロウおじさん、好きなだけ、いていいって…
そういって見せたのは部屋に入ったとき、最初にテーブルに置かれていた手紙だ。
まじで!?…さっすが貴族様…。じゃ、早く見つけてここ出ちゃおう? 落ち着かないし…なにより…
そっとアノチェセルに耳打ちをする。
茹る様に真っ赤になっていく彼女に追い討ちをかけるようにキスをして。
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かつて。
クランかげつきの拠点から。……あるいは酒場で、あるいは街角にて。
吟遊詩人の奏でるリュートの音がしていた。この音色は赤毛の彼、テルプ・シコラの魔法の歌声。
ただ、いつも、楽しい歌を好む彼の音とは少しだけ違うような。
優しくて、少し切ないそのメロディーに、色んな人が、自分の望みを夢みたのだった。
さて、この自分の歌を聞いた彼は。 願いが叶う、夢を見ることが出来る歌を聞いたテルプ自身は、 どんな夢を見ていたのだろうか。
小さな少年が泣いている。歌を奏でながら、泣いている。
誰もいない。いや、誰か居る。
たくさんの黒い黒い影と、その真ん中に赤い光が。
少年が忘れてしまったその場所は、彼の歌に包まれて。
テルプ・シコラが歌い続けた理由
ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
少年は泣いている。
全部忘れて、捨ててしまって、赦しを乞う事すら出来ぬ彼は、
夢の中でずっとずっと、歌を歌っていた。
どうか、せめて、しあわせに。
俺の歌がみんなを幸せにすると、信じ続けるから。
せめて、それだけは、信じ続けるから。
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だけど、これが最後の夢になる事を、俺は感じていた。
全部思い出して、やっと、やっと俺はみんなに謝れたのだ。
ねがいは、叶ったのだ。
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「 おはよう 」
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隣に、居るのは。
「 おはよう 」
*・゜゜・*:.。..。.:*・゜。*・゜゜・*
おしまい