来訪者
第四期:過去から重ねたもの
異世界に生きる「もうひとりのアノチェセル」とテルプと。
また別の、ある日の事……。
かげつきのクランの前に、二人の人影がある。
その姿は孤児院に所属する双子…アルバとアノチェセルにとてもよく似ていた。
…よ、よかったのかな、僕達だけで言っても、理解してもらえるか…。
い、今まで説明しにいったクランだって、実際に同じ存在同士を見せないと、わかってもらえなかったのに…。
そうはいっても、この間説明するの忘れてたってアノチェもアルバも言うし、
肝心の二人が手が空いてないのだから私達でいくしかないでしょ。
早く説明しとかないと、アンタがアノチェの恋人に勘違いされるわよ?
…アルバと私はまあ身長があまりに違うから気付くと思うけど、アノチェとアンタは殆ど変わらないのよね…。
真っ先にあのおにいさんがアンタに飛びつかないことを祈るわ。
…ごめんくださいなー?
トントンと扉を叩く
はいはーーい
扉を開けて、ふたりの姿を認めると
あ、いらっしゃい、お久しぶりです。
テルプさーん、アノチェさんとアルバさんがいらっしゃってますよ!
口を挟む間もなく、奥のテルプに声をかける。
おー、いらっしゃいアノ………… あ、あ? あ、アル……。 にこやかに出迎えようとして、二人の顔を見比べて……動きが止まる。
───???
????
──また縮んだ?
混乱しているテルプを見て赤坂の方もどうしたのかと首を傾げている。
ああ、うん、やっぱりね…。
苦笑して
「初めまして」、私はバラク。隣は双子の妹のローラよ。
孤児院に、ちょっと前からある事情で住まわせてもらってるわ。
うん、そっくりでしょ?アルバとアノチェセルに。
その説明をしたいのよ、本来なら分かりやすくアルバとアノチェも連れて来るべきだったんだけど。
というかしておかないとローラが危ないから。
そこのおにいさんに抱きつかれたりとかね、されてもね?
中いいかしら?
あ、中、あぁ、うん。どうぞ。
二人の顔の間で何度も視線が行き来して。
はじめ、まして……。
──バラク、と、ローラ…。ロードライト?
知っている石の名が、何故か確信を持って浮かんでくる。
え? 「そっくり」って。……えぇ? こちらもきょろきょろと目を泳がせるようにしつつ、 中へとふたりを招き入れる姿勢をとって。
イラスト:かげつき
ローラはロードライトの事かと聞かれて
こくこく、と頷く。
あ、アノチェが、付けてくれたんだ。
よ、よくわかったね…?
…あ、えと、おじゃま、します…。
おずおずと中に進んでちょこんと座る。
だって、その名前は俺が……。 …俺が…、何だったっけ。思い出そうとしても記憶はもやの中。 いや。何でも、無い。腑に落ちない表情で。
対照的に堂々とした様子でバラクは椅子に座っている。
お邪魔します、と。
この説明を何回も各クランに回っていったのよね…。
私達ね異世界からこの世界に迷い込んできた者なの。
私のいた世界に「次元の狭間」っていうちょっとした異界への通り道があるんだけど、
そこを通るときに「黄昏の聖域」と繋がっちゃったみたいで。
で、命からがら抜け出して、
全く右も左も分からないなかで助けてもらったのがアルバとアノチェよ。
正直びっくりしたわよ、同じ顔で同じ名前が目の前にいるんだもの。
それで、当てもないから孤児院で元の世界に帰るまでは世話になってるの。
つまり、ね。
私達は異世界の「アルバ」と「アノチェセル」なのよ。
ちなみに本名も全く同じよ。
私が「アルバ」、隣が「アノチェセル」。
こっちに居る間は混乱するから名前を変えてるわけ。
あ、こんなナリで女の演技してるけど中身れっきとした男よ。みる?
バサー!とスカートの中身を見せようとしている。
…今のでわかった?
お、おう、説明は、何となく、分かった。
でもお前が女のカッコしてるのは意味が分からない。
アルバも何か1回、アノチェの振りしてあちこち遊びに行ってたみたいだけど、
それは単純にイタズラ目的だったように記憶してるな。
スカートの中身は遠慮したい、そんな仕草で自分も席についた。
テルプの疑問にローラは竪琴を取り出すと歌い始める。
持っている竪琴も、アノチェセルと全く同じものだった。
♪ 昔々ある所に宵という女の子が居ました。
女の子は吟遊詩人になりたいと神様にお願いしました。
神様はいいます。
「男でないものは詩人になれぬ」と。
打ちひしがれる宵に、暁という男の子はこういいました。
「僕と交換して君が暁を名乗ればいい」
♪ 星が一巡りして、暁は宵に、宵は暁になりました。
…ローラの歌の通り、私達の世界だと男しか吟遊詩人になれないのよ。
だからね、冒険者登録証を丸ごと交換して詐称したの。
そういいながら懐から出された冒険者証には、バラクの顔写真の横に「アノチェセル」と書かれてあった。
こっちに居る間はその必要ないんだけどねー。
なんか惰性というかこっちの方が慣れてるというか…。
あとキャラ被るからとかまあ色々ね。
それにしてもアルバもいたずらで女装した事あるのね、流石俺と言うかなんというか…。
ローラの歌を聞いて、目を輝かせる。
……! わ、わ。アノチェと、同じ声、同じ、リズム!
あぁ、でも、少し、少しだけ違うのは、何だろう。重ねてきたものが違うのかな。
男でも女でも、中から歌が生まれてくるこの衝動は変わらないってのにね。
ああ、でもきっと君の歌は、神様にそっぽ向かれて、
それでも自分の力で手に入れた強さだ、美しさだ。
あぁ、ローラ・アノチェセル。君の歌は素晴らしいね!
興奮したようにまくし立てて身を乗り出して。はっと気付いたように席に座り直す。
……あぁ、いや、ごめんね。俺っちの方はさ、初めて会った感じが、しなくって。
自分の力で手に入れた強さだと言われて目を丸くする
…そんな風に、言われたの、は、初めてだ…。
そ、その、一応男として通してるから、他の冒険者には、なよっちいって言われるんだ…。
そ、それに、もっと詩人として活躍したいなら、か、神様に会わなきゃなんだけど、
…騙している僕は、きっと認めてもらえないって、思ってたから。
…い、いつか、無理がくるって、分かってるんだけどね…。
あはは、と苦笑して
…本当、だよね…。
お、男でも、女でも、な、なりたいものに、なれたらいいのに…。
……神様の前で、歌ってみな。それでもダメだっていうなら、そいつはホント見る目無い大馬鹿者だよ。…いや、この場合見る目、じゃなくて聴く耳、になるのかな。
ね、歌は心。職業としての詩人、は、名前だ。勿論それは必要なものだけど、…例えそれが無くても、ずっと、歌い続けてくれると、俺っち嬉しいよ。
そちらの世界の事情もよく知らぬまま、好き勝手なことを言っている。
しかし、異世界の、アルバとアノチェ、ねぇ。
じゃあホントに初めまして、だ。俺っちテルプ・シコラ。よろしくね♪
いやぁ、しかし。ほんとうに…… ずいと遠慮無く近づいて、ローラの顔をまじまじと顔を覗き込むように。 にこりと、懐かしむように微笑んで。 何だか、昔のアノチェを見てるみたいだな…。この頃のアノチェも可愛かった。 えっと、そっちにも俺っちは居るの? ローラと恋人同士だったり、するのだろうか。
テルプに顔をじっと見られて。
…か、可愛いって…!ぼ、僕これでも男装してるんだ…けど…。
…ううん…あ、貴方のような人は…見たこと…ない。
少なくとも…ぼ、僕が見て来た中では…。
ぼ、僕達の世界に、いるかもしれないし、居ないかもしれない…。
そ、それは分からないけど…。
えっと、聞いてる、んだよね? 俺っちがアノチェの、恋人だって。
…恋人がさ、男の子の格好してたら、
多分みんな可愛いって、言うんじゃないかな。
……ていうかさ、男の子の格好でもある意味
気をつけなければいけないと俺っち思うんだけどさ。
その点は、そっちにも…バラクがいるから、守って、くれんのかなぁ。
──俺っちを…見かけた? 孤児院で? こないだの…アノチェの部屋に行った時か。 えーっと、そりゃ。その。お騒がせ、したね。 喧嘩…のようなものをしてた時だ。少々照れたようにバツ悪そうに。
バラクに向かって頷いて。
おー、しっかり守ってやってね。
あー…、でも、近づいてきたのが「そっち」の俺っちだったら、
ちょっとだけ、手加減してくれると嬉しいぜ。
ね、そっちのアルバも、頼りになりそうだ。
こっちこそ、よろしくね。……残念ながら、俺っちあんま頼りになんないけど。
けらけらと笑いながら。
あまり頼りにならないという発言に
…そ、それでも、この世界の「アノチェセル」は貴方を選んだんでしょう?
じ、自信持って、いいと思う…。
うん、よろしくね。
で、できれば、一緒に歌ってくれると、嬉しいよ。
ん、是非今度一緒に歌おうね♪ 他の色んな詩人たちも、誘っておくよ。
そうだ、後ね、私達元の世界に帰るアイテム探してるの。
「蝶の羽」っていうのよ。文字通り蝶の片側の羽を模したアイテム。
黄昏の聖域に来た時にアイテム類はなくしちゃってね、もし見つけたら教えてくれると嬉しいわ。
それじゃ、また冒険でね?
そう言うと、クランの3人にそれぞれお辞儀をして、2人出て行く。
渡された箱を受け取って
わ! ケーキ、大好きだ。ありがとー♪
腕、なんて比べる必要無いじゃん。ローラは歌に順位つけるタイプ? 違うだろ?
ありがたく! みんなでいただくよ。
んじゃ! 探しものも、手がかりあればすぐ教えるねー。
大きく手を振って。
アルバとアノチェと同じ顔にぽかんと口を開けていた残りの二人も、慌てて手を振って見送った。