10年の軌跡

第五期:終焉

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天野輝樹との決別
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→ 第四期の続き
最後の巡りが訪れる、 前のお話。

テルプ・シコラ  1btg

ちゃーす。 おっひさしぶり! 元気してた?

開け放たれた扉から、ぴょこりと顔とアホ毛を出して。 流石に、場違いなテンションで入ってきたことを瞬時に悟る。
…………どったの? ふたりとも?

赤坂 天矢  1btg

…お断りします。 天野の誘いを、きっぱりと、はね退けて。 帰ってきたテルプにちらと目をやるが、すぐに目の前の男に視線を戻す。

……貴方が以前から、ゾンビ、と呼ばれる… 「動く屍」への対処法を探しているのは、僕も知っています。 貴方の国が、そのゾンビに襲われて大変である事も。
だけど、だけどだからって、僕らの…この世界の人々を、犠牲にするなんて…。 そんな、そんな事。

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先ほどの手紙と共に、以前より何通も来ていた手紙たちをテルプにも見せる。 天野が「管理局」と呼ぶ組織からのものと共に、 あとはセフィドの貴族や軍隊、王の印の入ったものも多数あった。

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セフィド神聖王国、王都セリオン。 その沖合い、奇妙な形の岩に阻まれた海の向こうに、ひとつの島がある。 航海が難しい為、昔は無人島だったのだが 近年、比較的安心な海路が見つかったため、その島には漁師を中心に街が築かれていた。

そこに、突然大掛かりな工事が行われはじめる。 島の海岸線、街をぐるりと取り囲むように、高い壁が築かれた。

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天命喰らい……「世界の終わり」から身を守るため。

有事の際にそこに逃げ込む事を許された、ごく一部の貴族や権力者にしか その目的は明かされていない、という事だ。 そもそも天命喰らいの存在自体が 国の有力者と冒険者以外に知らされていない事なのだったが…

その壁は神聖王国を護る最後の砦となるだろう。 そう言って、壁の建設計画を国王に持ち掛けたのが、他ならぬ天野輝樹だという。

一介の冒険者、異世界の人間に過ぎぬ彼が、 国王に直接進言出来るまでに、一体どういった手段を取ったのか。 ……もしかしたら、彼の言う「上位」の存在…神の目を持つ者の助けがあったのならば、 「巡りの外側」へ。 …僕らが認識するよりもまだ過去へと、干渉出来るのかもしれない。

何にせよ、シェルターは完成した。

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──ここまでは以前の手紙でも分かっていた事。 問題はこの先。

今回の手紙に、天野さんの、……真の目的が記されていたのだった。

天野 輝樹  1btg

……てるぷ殿にも、聞いておいて貰おうか。 これは、このくらんの存在理由。 己(おれ)がここを結成し、君たちを集めたその理由であるから。

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いつものように、テーブルにつき、思い思いの飲み物を、手にすると、 天野はゆっくりと語り始めた。

天野 輝樹  1btg

【ZV】ゾンビウィルス
……これは人から人へと伝染する。

彼は、自分の腕を指してそう告げた。
普段は「種」としてここに、眠っている。 これを地面に「植え」れば…、それは人を動く屍へと変える風を、撒き散らすだろう。 屍が動き出すばかりではない。 生きた人間さえも、それに侵され、やがて理性と生命を無くす。

己(おれ)はな、赤坂。 世界を渡り、「これ」が育つ土壌を、探している。 これは広がり、育ち、人を糧にしていずれ進化する。 全てのZVを死滅させる事が出来る完全な対抗種を生み出すために。 己(おれ)の世界を救うために。

…………己(おれ)は千の世界を犠牲にしようぞ。

テルプ・シコラ  1btg

え、えーと、ちょっと待ってよ? 天野っち? 首を捻りながら、手紙の束を繰る。 ここに書いてある……シェルターの話は セフィドの貴族たちに向けた「表向き」の作り話って事だな?

真実は、こっちか。管理局からの手紙をテーブルに。
天野っちは……あの街を。壁の中の街を舞台に、ZV(そいつ)をばら撒きたいと。 そこに住んでる人々を、餌にして、──貴方の大切な故郷の為に。

赤坂 天矢  1btg

……そんな、事を、許せると思っているんですか。 僕が、貴方と共に、行くと? 話が大きすぎて正直ついていけてないのだが、 自分がそれに加担すると思われていた事。それが赤坂を怒りに震わせる。

天野 輝樹  1btg

……何故、己(おれ)がわざわざ壁を作って、隔離したと思っている。 己(おれ)にとっても、この世界は……、既に掛け替えのないものと、なっているよ。 ふと、愛おしそうに笑顔を見せる。それは本心である、と、赤坂は思った。 しかし、次の瞬間に見せるのは、やはり先程までの無表情で。

己(おれ)がこの風の対象にしているのは、無貌の者たちだ。

赤坂 天矢  1btg

……無貌の者?

天野 輝樹  1btg

町にごろごろ居るだろう。あれだ。 名乗るべき名も持たず、個性もなく、ただ創られた生命無き「あれ」らだ。

赤坂 天矢  1btg

……。 何を、言っているんです?

天野 輝樹  1btg

「あれ」らを一処に集めさせた。あの壁の中に。

それにな。国王陛下は、己(おれ)の計画をご存じだ。 屍人の研究は死人を蘇らせる為のものであると…… 壊れた肉の器を治し、離れた霊魂を依り戻す、その為の研究であると協力をあおげば、 ヘリオス陛下は喜んで国の民を差し出してくれたぞ。

勿論、事は秘密裏に進んでいる。安心したまえ。 表舞台から知り得る事は…。無貌の者が、幾人かこの国から消えるだけ。 誰も何も、騒ぎ立てることなどしない。
それに、どちらにせよ、この世界もすぐに「終了」するのだから。 ふと、天へと目をやる。 何か僕らに見えないものを視ているような、彼の瞳。

だからな、赤坂。 この実験で犠牲になるのは、君に何ら関わりの無い者ばかりだ。 それでも、何か、何処か、君が協力を躊躇う点でもあるか? と 彼は目の前の、怪訝そうに眉をひそめる男に、発言を促した。

赤坂 天矢  1btg

──意味が、わからないです。天野さん。 疲れたような、諦めたような絶望が、声ににじむ。 狂人を相手にしている様だ、と赤坂は思う。いや、もしかしたら本当に。 ……あなたは、おかしい。

僕には、貴方が… 死んでも良い人間とそうでない人との間に引いたその線は……理解出来ない。

町の人が、何ですか? 無貌って、何ですか? 創られたって、誰に。 究極的には……僕達だって「神様に創られた」生命では無いのですか?
いえ、説明を、求めている訳じゃ、無いんです。 あなたの言っている意味は、分かります。だけど、だけど…。

赤坂 天矢  1btg

そう、僕ら冒険者と街の人々が決定的に違う事。 巡りの内側と外側と。そこにある「線」は僕らの側からならば認識できる。
だけど。

テルプ・シコラ  1btg

天野っち。
俺っちも、貴方には賛同出来ないよ?

俺っちはこの世界で、生きてる。 天野っちにとってこの世界がどんな風に見えてるのかは分かんない。 でもさ、町で俺っちの歌を聞いてくれた人たちとか、 酒場で会った名も知らぬ人たちとか… ぜんぶ、俺にとっては、大切な人たち、だよ。

天野 輝樹  1btg

……だから。 この世界に未練の無い人間が。欲しかったのだ。 ため息をつく。 てるぷ殿の事は、とうに諦めておる。

…赤坂。以前の君ならば、己(おれ)と共に来たのではないか? 何が、そんなに君を変えたのだ。……正直、失望したぞ。

赤坂 天矢  1btg

何がというなら…… この世界に生きてる人たちが、です! 貴方が不要と判断したその人達も、おなじ! この世界に生きる人たちです! あなたの知らない、僕の父さんや、母さんも、僕の嫌いな、学園の皆も、 僕と今までも、この先も、関わりの無い人だって!

そう、共に生きてきた。……生きてきた!

人を人と思わない貴方みたいな人に、この世界を好き勝手されたくなんて、ありません!

天野 輝樹  1btg

めずらしく声を荒げる赤坂を、天野はしかし彼の剣幕など意に介さぬように。

赤坂 天矢  1btg

……天野さん。 貴方はこのクランの…僕達のリーダーに相応しくない。 このクランは、この世界のものだ。

貴方のリーダーの資格を剥奪。今後、このクランに関する一切の権限を僕に移します。 ……テルプさん。いいですね?

テルプ・シコラ  1btg

──異議は、無いよ。

天野 輝樹  1btg

……。

赤坂 天矢  1btg

リーダー権限をもって宣言します。 只今を持って、天野輝樹を当クランから除名します。
……テルプさん。異議は。

テルプ・シコラ  1btg

────天野っちが…今やろうとしている事、止めないっていうのなら。 それは仕方のない事かもしれないね。

天野 輝樹  1btg

……ふふっ。
言う様になったじゃないか。赤坂。 君がりーだーならば…、心強いな。 可笑しそうに、笑って。

テルプ・シコラ  1btg

──俺っち、出来れば、行かせたくないよ?

赤坂 天矢  1btg

僕も、勿論。 無傷で行けるとは、思わないでください。

天野 輝樹  1btg

残念ながら。 君たちの相手をしている暇は、無いのだ。

計画は、色々と……【時間厳守】でな。

イラスト:かげつき

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そう言った瞬間、窓のガラスが音を立てて割れる。 別の世界の武器に詳しい者ならば、銃声である、という事が分かっただろう。 慌ててテーブルの下に隠れたふたりを振り向きもせず。

天野 輝樹  1btg

───さらばだ。

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銃声が止む頃には、天野の姿はどこにも見えず。 振り向きもせずに。彼は行ってしまったのだ。

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テルプ・シコラ  1btg

割れたガラスを拾いながら。
……外から、攻撃されてるね。 天野っちの仲間が、いるんだろうな。 ──今の、異世界の武器だよね。天野っちの国の人かなぁ。
銃声に驚いて拠点に集まってきた人々に頭を下げつつ、室内の片付けを。

赤坂 天矢  1btg

片付けも手に付かないようだ。 黙って、テーブルに手を組み、考え事を。
やがて、天野の部屋に入るといくつもの資料のようなものを持ち出してくる。


テルプさん。僕、冒険者ギルドに助力を求めようと思います。 今──僕らだけしかあれを知らない。けど、僕らだけで止められるものでもないでしょう。 秘密裏に進めているって言ったって…。相手はセフィドでしょう? 規模が、大きすぎる。

依頼を出して、協力者を募ってみます。 幸い、今回の計画についての詳しい資料が、残っていますから ……事前に、対策は立てられます。

テルプ・シコラ  1btg

……うん。 分かったよ。じゃあ、依頼書を作らなきゃ、だね。

たくさんの資料とにらめっこしている赤坂を眺めつつ、 彼の為にコーヒーを淹れてみる。 慣れぬ手つきだが、見よう見まねで覚えた。 教わらなくても、覚えるほどの長い時間、共に居た。

テルプ・シコラ  1btg

天野とも、そうだ。長い時間を過ごして、 彼の事も、よく知っている。
──こんな資料を、残していくほどに 天野輝樹という人間は、甘い人間、だったっけ?

テルプのつぶやきにちらと目を上げただけで、 赤坂は、資料と格闘を続けていた。

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赤坂 天矢  1btg

──あ。これ、の事ですよね。天野さんの話していた「無貌の者」

たくさんの資料や手紙の束、天野自身の字で書かれたノートなどに囲まれて。 赤坂はテルプにもそれらに目を通すように勧める。

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それらの文章から推測できる事。

この世界を「上」…神の世界から見ると、人々は大きく三種に分けられるという。

・世界の【外部の神】が創造した、意思を持つ、生命あるもの。 英雄候補。黄金を生み出す者。我々を含む多数の冒険者たち。

・この世界の神が創造した者のうち、顔と名を持つもの。 国王、ギルド長、……一部の冒険者。英雄候補の縁者たち。

・そして、この世界の神が創造したもののうち…その名の通り、「顔無き者」 顔も名も与えられず、町の住民や黄昏にしか現れぬ一部の冒険者。…… これが無貌の者

テルプ・シコラ  1btg

──神様、か。
俺っちの村の神様とか、セフィドの光の神とか、……そういうのを指してるんじゃないみたい。だね。

何だか俺らと天野っちでは、見えている世界が全然違うように感じる。 異世界って言っても、もっと普通の、……それこそ隣の国、程度に考えていたけれど。 ……次元が違う。
俺達はチェスか何かゲームの駒、みたいで、彼はそれをどこか遠くに座して、見ている様な。

赤坂 天矢  1btg

──よく「上位の」なんて言葉を使ってましたね。天野さん。 無貌の……顔無き者。──彼にとって世界は、そんな風に見えていたんだろうか。

そういえば、彼が町の人々と話をしているのをほとんど見たことがない。 冒険者仲間の元にはよく通っていたように思うけど、 ……ご近所さんへの態度なんかは、 礼儀にうるさい天野さんらしくないなと、思っていた気がする。

赤坂 天矢  1btg

だけど、意味が無いように見えても、それはあくまで「彼にとって」でしょう。 ……僕らにとっては。 天野さんの世界の行く末なんて、見も知らぬ世界の未来なんて、それこそ意味が無い。 いつだって、勝手です。天野さんは。 自分ひとりで意味を決めて、それ以外を犠牲にして、なんて。

──なんて、傲慢な。

テルプ・シコラ  1btg


──── 寂しい、ね。

赤坂 天矢  1btg

寂しい……。そう、そうか。寂しいんですね。僕は。 天野さんと出会った頃、僕もきっと世界の事なんてどうだってよかった。 自分以外の人々なんて、それこそ、夢や幻みたいに遠くて。

……このクランで、天野さんと、……皆と冒険して 世界が、好きになれたのは、彼のおかげでもあったのに。



──彼だって。
10年以上も、僕らと一緒に、この世界で。

……生きてきた、筈なのに。

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天野 輝樹  1btg

───10年。
準備してきた。

あの「門」が開いたのが。これを「決行」出来たことが。 この犠牲が些末な事である証明だ。この世界の「神」はこの行為を許している。

さぁ冒険者達よ。

天野 輝樹  1btg


──生き延びよ。その意思を見せてくれ。