プロローグ
第一期:冒険のはじまり



刻碑歴664年11月。
この先幾度も巡り、そして訪れる【その日】。
王都アティルトに位置するダンジョン、アシヤ山麓の調査へと出発した冒険者達がいた。
冒険者ギルドへと登録して間もない3人。
戦い方、なんてロクに知らない、白魔術師の赤坂天矢。
腕は立つが、安全なダンジョンの進み方など分からぬ天野輝樹。
そして、後ろで戦いもせず歌っているだけの吟遊詩人テルプ・シコラ。
「かげつきのクラン」のメンバーである。

この世界のはじまりにして中心である【黄金の門】を巡る英雄譚……
というには少々頼りない登場人物たちだが……。

ちょ、天野さん、無理に突っ込まないでください!
回復が……間に合いません……っ!
ひたすら治癒の魔法を唱える。しかし見る間に天野さんの身体は傷だらけに。
魔物たちの牙は後衛に位置する僕達にまで及ぼうと、していた。

多少の怪我なら、後でいくらでも治せば良い!
我が力は大地の力! 岩よりも硬く巌よりも強く!
さぁ魔物共、この己(おれ)を畏れるが良い……!
敵の只中に突っ込んで行く。作戦も何もあったものではない。

ねねねね、天野っち?
真面目に、体勢立て直さないと、全滅だからね?
ぼちぼち退くよ?

巫山戯(ふざけ)るな!
己(おれ)はまだ、戦える……!

はいはーーーい♪ 退却ーーー♪
首根っこをつまむようにして、…傷のせいで思ったように動けないらしい天野を引っ張っていく。
天野っち、重いね?!
もーちょっとダイエットした方が、いいよ?
あわや全滅という大ピンチだというのに、楽しそうに軽口を叩くといつもの調子で歌い出した。

すたこらさっさと にげだしてー♪
慢心創痍で 泣きっ面♪
そんな時には 無理矢理にでも
とりあえず笑やぁ 明日が来るさ♪

逃げ出……
せめて戦術的撤退と言って頂こうかっ!
ふたりにずるずると引っ張られつつ、歌詞に文句をつける。口だけはまだまだ元気らしい。

あーーーー、もう……。ほら、自分で歩いてくださいよ。
じゃ、撤退しますね。
次は態勢を整えて…ちゃんとキャンプ道具とかも、持ってこないと…。

冒険者……か……。
こんなダンジョンに潜って、魔物と戦って、名声を稼いで…
一体何になるっていうんだろう。

……何で僕、こんな事、やってんだろ…。
-------------

少し時間を遡ろう。
3人が、はじめて顔を合わせた時の事。
オーラム共和王国の首都。
アティルトの冒険者ギルド本部。その扉の前に佇む一人の若い男の姿があった。
年の頃は10代後半。銀色の髪、明るい青の瞳。
しかしその鮮やかな色とは対照的に、彼の表情は暗く沈んでいた。
空は曇。今にも雨が振りそうな、どんよりとした暗く冷たく重い空気。
背を丸め、のろのろと扉からロビーへと顔を覗かせた少年は、その活気あふれる空気に
思わず眉間にシワを寄せ、後ずさる。

イラスト:かげつき

──と。
いつの間にか自分の真後ろに立っていた男にぶつかった。

わっ あ、
あ、……す、すみません。
弾かれたように振り向いて。その黒い服の男へと、ぺこぺこと、慌てたように何度も頭を下げて。

…………。
こちらも、年の頃は少年と同じくらいだろうか。
【異世界】の文化に詳しい者ならば、
その身につけた黒い服が「学ラン」と呼ばれるものである事が分かるだろう。
学生服の男は目の前で慌てふためく少年に、じろじろと不躾な視線を投げかけて。

あ、あの、……ご、ごめんなさい。
怒らせてしまったのだろうか。やだなぁ怖いなぁ。無言で自分の事を睨めつけるような男を、おずおずと見上げた。
猫背の所為で、随分と身長差があるように感じる。

…………嗚呼、失礼。
少年の不安そうな表情に気付いて顔を上げた。どうやら何か考え事をしていたらしい。
我に返ったように、改めて目の前の少年に向き直ると
君は、冒険者志願の者かな? 或いは何かの依頼に?
──見たところ、悪くない家柄の人間に見えるが。
少年の眼鏡や、服やコート、そのどれもが高級…とまではいかないが、
少なくとも、「冒険者」などという明日も知れぬモノになろうという「マトモで無い」人間には見えない。冒険者ギルドには、市民権を持たない異邦人や犯罪者のような者が多数所属しているのだ。余程酔狂な物好きか…。何か訳ありなのだろうか。
無遠慮な視線で観察を続ける。

────えっと。
言いにくそうに。ポケットに突っ込んだ手をもぞもぞさせてみたり、
目を逸らして、うつむいて、しばらく口ごもっていたが。
一応、冒険者、志願。です。えっと。──行くとこ、無くて……。

ほぉ。
顔を上げる。我が意を得たり、とそんな表情で。
丁度良いな。己(おれ)は冒険者を探していたのだよ。
君よ。己(おれ)のくらんに来ぬか?
定員にひとり、足りなくてな。
突然の申し出。
己(おれ)の名は 天野輝樹。宜しく頼むよ。……
君は何が出来る。己(おれ)は前に立って戦う事が得意だ。
にこりと笑うと、勝手に話を進めようと。

──え、えっと。<まだ、冒険者になるって、ちゃんと決めたわけじゃ…。
そう言っている間にも、天野は嬉しそうに
カウンターへと歩を進め、冒険者登録の手続きを始めようと。
出来る、事なんて……。
僕は……、黒魔術の学園に通っていたんですけれど、その。成績が、全く、良くなくて、ですね。
がっかりさせてしまうと思います。
その代わりに、治癒の術なんかを独学で、学んでいる最中なのですけれど、
それも才能があるのかどうか……。だから、もう少し学んで、術を使えるようになって、……ちゃんと、考えてから。

もう少し学んで? 莫迦を言うな。実戦で学ぶと良い。
机上より遥かに身になるぞ。
大抵、もう少しもう少しと始める事を先延ばしにする奴は、結局何も成せずに終わるのだ。
良し! 決まりだな!
どうやら随分と強引な人間の様だ。
何を愚図愚図しておる。どうせ行く宛が無いのだろう。
心配するな。君は成すべき事がある。成せる力を持つ者だ。己(おれ)が保証しよう。
君は英雄の資質を持っている。既に君は世界に、選ばれておるのだよ。
自信満々に。
まるで自分がこの世界の理であるかの如く、断言する。

いえ、英雄、とか、どうだっていいんですけど……。
ちょっと、勝手に書類書かないでくださいよ!
そんな風に、始まりは、ただただ流されるままに。
だって、どうせ行く場所も無かったし、抵抗するのも面倒だし。
何よりも。

今にも雨が降り出しそうで……。
僕は傘を持ってなかったから。

それでは、こちらの冒険者登録書に、お名前をお願いします。
窓口の女性は明るくてきぱきと手続きを進めようと。

なまえ……名前は……
──あ、
あかさか、……あまや。

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そんな風に、なし崩し的に赤坂天矢はかげつきのクランへと入ったのだった。
天野に紹介された、もうひとりのクラン員……吟遊詩人のテルプ・シコラは、にこにこと楽しそうに笑いながら歓迎してくれた。
テルプは、故郷への仕送りを稼ぐために冒険者となったそうだ。
貧しいけれど楽しい故郷、と、そう歌う彼の歌声は、聞いてる者まで楽しくさせてくれるようで。

ん、俺っちもさ、強引に、天野っちにクランに加入させられたんだよ。
天野っち、俺のうた、気に入ってくれてさぁ。
俺っち戦う力も無いしー、赤坂っちみたいに回復も出来ないしー
せめて、俺っちの歌でふたりが楽しく冒険出来るといいと思うよ♪
俺っちの歌は、皆を幸せにする歌なんだもんね♪
そう言って、リュートを爪弾く。

天野の強引な編成で、随分とバランスの悪いパーティだ。
クランに所属出来るのは3人。
「かげつきのクラン」だけで冒険に出るには……冒頭で見ての通り、随分難しい様だった。
足りぬ戦力は、他クランの冒険者に頼るしか無い。

ほうほうの体で拠点へと帰還した「かげつきのクラン」メンバーは テーブルを囲んで、……先程の初めての冒険について、反省会を開いていた。取り敢えずは死人が出なくて幸いだった。

アタッカーが天野さんひとり、という状況では……
浅い階層ならばともかく、奥へと潜る事になった時に厳しいですよ。
他の冒険者の方を、雇わせていただきましょう。
ちょっと調べてみたんですけど、天野さんの身体能力なら、護衛職の方が向いていると思うんです。
攻撃は全面的に傭兵の皆さんに頼む形で、天野さんは皆を守る形で行くのはどうでしょう。
天野に治癒の術を掛けつつ、冒険者の心得、などという分厚い本を開いている。どうやらギルドから借りて来たらしい。

ふむ、成程…?
誰かを守るのは、嫌いでは無い。元々己(おれ)の力は防御向きだ。
椅子に腰かけ、大人しく治癒の術を受け入れる。

んー、話し合い、長くなりそ?
何か飲み物でも入れよっか。天野っちはお茶だよねー♪ 俺っちチョコレートにしよーっと。赤坂は何がいい?
カチャカチャと食器を手に取りつつ

あ、えっと、珈琲あります? ブラックで…。
出来れば豆からのやつがいいんですけど。

んー? コーヒーは、無いねぇ。んっとね、紅茶とかあるよ。

え、無いんですか?!
じゃあ当然ミルとかも、……無い。

無いねぇ。
俺っちのチョコレートとかあるよ?

突如、ガタリと席を立つ。
買ってきます!!
目が据わっている。

お、おぅ。

…………。

己(おれ)の治療は後回しか。

*かげつきのクランに珈琲が実装されました*

赤坂の買って来た何種類かの珈琲豆。そしてコーヒーミルや、果ては焙煎器までがキッチンの片隅に所狭しと並んでいる。
これを皮切りに、テルプの好きな甘い飲み物はどんどん増えていくし
天野は天野で緑茶の他に、昆布茶やら、いつの間にやら何処かから濃茶なんかも仕入れてきたりして。
かげつきのクランには、いつ来客があっても困らない、やたら充実した飲み物コーナーが出来上がる事となる。

出逢ったばかりの、好みさえばらばらな3人は、ここで様々な出会いを重ねて。
これは彼らの成長のものがたり。
このはじまりの場所、はじまりの時に。三者三様の飲み物を手に。この先に待つ未来へと。
「「「 乾杯! 」」」
かげつきのクランの、冒険のはじまりである。

このクランのエンブレムになっている かぼちゃの置物 は玄関先で。 彼らの冒険への出発を見送って、彼らの帰還を待ち ここに訪れる来客を、共に迎えるのだった。