忘れてしまおう

第一期:テルプとアノチェセル

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悲しい事は、全部沈めてしまえばいい。


シャラン──────

シャラン──────

アノチェセル 18k0

最後に鳴った音は「シ」だった

ああ、あんなに楽しい夜を

もう、会えないのかな

「アルバ…ごめんね」

それは「何に」対してなのだろう

>


──────

テルプ・シコラ  1btg

こんちはー!
あ、どもども、ねーさん。
アノチェいる?

アノチェセルのいる孤児院に遊びに来たテルプ。
彼女と同じクランに属する少女、一葉へと声をかける。

テルプ・シコラ  1btg

新作、石のおもちゃができましたー♪ 今度は男の子も遊べる感じで、積み木みたいになるやつ!
そこまでいつもの調子でまくし立てて……いつもと違いすぎる孤児院の空気に、戸惑うように。
…………どしたの? なんか、あった?

一葉 18k0

「あ…」という口の形になったあと、彼女…一葉は目元を拭い、こう伝えた。

て、テルプさん…。 アノチェは─────


先の冒険で亡くなったと伝えた。
転生の可能性もあるが、兄が戻ってない以上、確証はない…とも。

テルプ・シコラ  1btg

え…………。



……ああ、そう…そうか…。

状況が、飲み込めていないような表情で、ふらりと、踵を返す。 そのままふらふらと、来た道を引き返すように歩き出した。

一葉 18k0

まって!テルプさん…! …あの子、吟遊詩人のお友達が出来てから本当に楽しそうにしていました。 …特に貴方のことについては嬉しそうに。 …きっと、きっと帰ってきます。だから───
(ふらふらと歩き出した背に向かって彼女は叫んだ)

ふわふわとした足取りで歩く。
どこへ向かっているのか自分で把握出来ていないのではないかと
心配になる程の不安定さだが、
一応、自クランの方向へと向かっているようだ。

一葉さんの声が届いたのか、届いていないのか。
ただ、背を向けたまま、内容が聞き取れない程度の声がする。

テルプ・シコラ  1btg



──── ♪


かろうじて、歌である事が分かった。

一葉 18k0

…きっと、きっと帰ってきます。だから───
(聞こえているかどうかわからないが、その背に祈りを捧げた)
大丈夫…大丈夫…


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テルプ・シコラ  1btg


震える身体を壁に預け、ずるずると部屋の床へ座り込む。 どうやって帰ってきたのかよく覚えていない、誰もいない自室で 何処を見ているのか、瞳は虚空を映し

ひとり、ちいさな声で、うたをうたう

テルプ・シコラ  1btg

【 うそだ 】

【 ここにいる 】

【 へいき 】

【 だいじょうぶ 】

【 まだいきてる 】

【 なんでもないことだから 】

【 かならずもどってくるよ 】

【 しらない 】

テルプ・シコラ  1btg


音が足りない。
もっともっと。
やさしい音を。やさしい嘘を。
どんな音がいい?

頭を振る。溢れるあふれるもっと奏でて響くひびくもっと踊って。 鈴の音が溢れていく。寂しい音を悲しい音を全部沈めてくれ。


────沈めてくれ。

テルプ・シコラ  1btg

「笑ってていーんだよ♪」

俺の声が頭の中で聞こえる。 そんな事言ったって、どうすればいい、どうすれば笑える?

「今度は、どんな嘘がお好み?」

喋ってるのは俺だ。いつものように踊りながら歌いながら。

「何でもない事にするのは、無理なの?」

「じゃあ、もう、忘れちゃおうねぇ」

やだ、やだ。

(泣いてるみたいな俺の声)

「だって俺っち、悲しいの、好きじゃない。 それは…悲しみは、幸せの証でもあるのかもしれないけれど」

「…俺っちは、好きじゃないなぁ」

テルプ・シコラ  1btg


やだぁ…。

(ごぼりと沈んだのは水の中のようだった。呼吸が出来ない。俺の声は幸せな歌の中に沈められて、もう外へは聞こえない。最後の呼吸を、必死で、絞りだすように、音にする)


── 大 切 な ん だ

イラスト:かげつき

テルプ・シコラ  1btg

「 だ か ら だ よ 」

(水底から浮かぶ最後の泡が消える。これでもう大丈夫。  ここには優しい歌しか残っていない)

「さよなら おやすみ いつかまた」

(安心して、笑える)

「 …じごくでね♪ 」

(歌いながら、彼は部屋を出た。いつもの調子で)


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赤坂 天矢  1btg

アノチェさんが死亡したという報を聞いて…

心ここにあらずというテルプさんを見て心配だったんだけど。 しばらく部屋に篭った後、いつもの調子で出てきたので少し拍子抜けした。 大丈夫かと問うても、何が? と、その話題に触れたくないのだろうか。 楽器の手入れをしながら鼻歌など歌っていて。
そこへ天野さんも、話を聞いて来たのか沈痛な面持ちでテルプさんを元気付けようと、 ゆっくりした口調で話していたのだけれど。

テルプ・シコラ  1btg


アノチェセル。って。誰だっけ。

赤坂 天矢  1btg

「……忘れる、訳がなかろう」と、怪訝そうな天野さんを横目に 僕はああ、そうか、と、ひとりで何となく納得していた。


村への仕送りと称した金銭や物品が
いつも宛所に尋ね無しで戻ってくるのは
そういう理由なのだ。


きっと彼は忘れているのだ。もうそこには誰もいないことを。

赤坂 天矢  1btg


それで彼が幸せなのだとしたら
もうそれでいいじゃないかと。


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双子であるアルバとアノチェセルは、共に生まれ、共に生きた。 死ぬ時は別々だけど、生まれる時は、同時に。と。 アルバはアノチェセルが黄泉の世界へとやってくるのを、待っていたらしい。

無事、ふたり揃ってこの世界に戻ってきた彼らだったが。

アノチェセル 18k0

(まだ少し痛む身体を押して、クランの扉をノックした)
あ、あの…て、テルプいますか…? て、転生したから、心配かけちゃったかなって…。

アルバ 18k0

(後ろで少し険しい顔で見詰めている)

天野 輝樹  1btg

あのちぇ殿…!  おお、兄上殿も、良かった、無事戻ったか。
(言葉と裏腹に苦い表情で)
てるぷ殿、なのだが。その。…居るには居るのだが。

アノチェセル 18k0

…も、もしかして具合悪いの…?
(心配そうにおろおろとする)
あ、あの…あ、会っても大丈夫なのかな…?

テルプ・シコラ  1btg

なになにー、お客さん? いらっしゃい。 …俺に用? 何だろ。 こんにちは。いらっしゃい。テルプは俺だけど?

(にこやかに挨拶をするが、途中で混乱したように目を泳がせて、 改めて目の前の彼女の顔をじっと見つめる)

天野 輝樹  1btg

──何故か。 君の名を、覚えておらぬ様なのだよ。
……てるぷ殿。 あのちぇせう殿、だ。
テルプの表情を伺うように。

テルプ・シコラ  1btg

え…、えっと。
────あの、ちぇ? アノチェ?

アノチェセル 18k0

(まるで初めての人にあったかのような表情に)
て、テルプ…?

(私は…怯える子供のようだと思った…おかしいね、子供は私の方なのに)

(シャランと鈴が鳴る。あの日の夜の音色を思い出す。言葉ではなく音で会話した夜)
わ、忘れちゃった…? て、テルプ…。

(顔を覗き込もうとするともう一度、シャラン、と鈴が鳴った。もし、忘れちゃったとしても、悲しい思いをさせるなら、私はそれでもいいよ。でも、私は今生きてるよ…テルプ)

テルプ・シコラ  1btg

シャランと。

俺を沈める音と同じ、だけど違う音色。 彼女の胸元で揺れる音。

甘ったるくまとわりつく様な音の水底に、凛とした響きで響く。

途端、ぬるく淀んだ沼の水が結晶のようにきらきらと、澄んだ音を奏でながら 飛び散る。崩れる。視界が急にクリアになって──

テルプ・シコラ  1btg


────っ! はぁ……っ
(酸素を求めてあえぐように、呼吸を乱している)

テルプ・シコラ  1btg

あ……あれ…アノチェ…。あれ? …どした?
(いつもの顔がすぐ近くにあることに、不思議そうに首を傾げる。)

アノチェセル 18k0

(覗き込んだ顔の、瞳に光が宿った気がした。呼吸を乱しながらも自分の名前を呼んでくれたことに嬉しそうに笑いながら)
こ、こんにちはテルプ。 また、会えたね…!

アルバ 18k0

(アノチェセルの様子を見て険しい顔をひとまず緩める)
…話は粗方アノチェから聞いてる。随分と世話になったって。 こいつ(アノチェを指差し)を説教するのは後にして…。 俺から礼を言わせて欲しい。 …ありがとう。
(騎士の最敬礼を、三人に)
もし、何かあれば俺を使ってくれ。 …絶対強くなってみせる。
(その目は強固な意志で燃えていた)

…なーんてな!
(立ち上がり「にか!」っと笑った)

天野 輝樹  1btg

兄上殿も、戻られて何よりだ。(丁寧に、真っ直ぐ礼を返す)
妹君は少々無鉄砲なところがあるように見受けられるが。 ……きちんと説教してくれる人が側に居れば、安心であるな。
(笑顔につられて、笑顔になる)
ははは。此方こそ、あのちぇ殿が来てくれると我がくらんが華やかになるからな。 礼を言うのは此方であるよ。次からは是非兄上殿も、共に。 いつでも遊びに来てくれ給え。 …無論、戦いの場にも。頼りにしている。

赤坂 天矢  1btg

座って珈琲を飲んでいた赤坂も、慌てて立ち上がるとおどおどと礼を返し。
だ、大丈夫なんです? テルプさん。 わかります? アノチェセルさんですよ?

テルプ・シコラ  1btg

(しばらくじっと、顔を見つめて、混乱していた記憶が繋がったのか)
あ、ああ、アノチェだぁ。 (泣き笑いの顔で、恐る恐る手を伸ばす。 触れれば消えてしまうのではないかと)

おれ、俺っちさ、すごく。すごく、怖くて。 ごめん、ごめん。ごめんな。

アノチェセル 18k0

(消えないよと伸ばされた手を取り微笑む)
う、ううん…!わ、わかるから…。 だ、大丈夫だよ…!あ、謝らなくていいよ…! お、思い出してくれて、ありがとう…。 ま、また歌おうね…?

テルプ・シコラ  1btg

ごめん、ちょっと、このまま。
(その手を手繰るように引き寄せて。小さな身体を力いっぱい抱きしめた。彼女の鼓動に、規則正しい音に、震えが止まっていく)
ああ、アノチェだぁ…。

(彼女の声を知ってる。歌を知ってる。音を知っている。 温もりを、柔らかさを、その香りを、もっと知りたいと)

(どうして手放そうと思えたのか。)

──おかえり。

アノチェセル 18k0

(突然の事に事態が把握できず、直後に顔が真っ赤になっていくのがわかった。どんどん早鐘を打つ心臓に邪魔されて言葉は零れていくばかりだ)

あ、あの…えと…えと…ただいま…。

(そうだ、私達は吟遊詩人だから言葉じゃなくて音で…)
(つ、伝わるといいな…言葉にしたら逃げてしまうから…)

テルプ・シコラ  1btg

(名残惜しげに、ゆっくりと体を離し顔を上げると、目を合わせて)
アノチェーーー!!
(すっかりいつもの調子を取り戻したのか、両手でアノチェの頭をわしわしと撫でている。その笑顔はまだ少しだけ、泣きそうな表情に感じたかもしれないけれど)
お、にーさんも、おかえりー♪  えらくゆっくりだったじゃん。あっちはそんなにいいトコだった?
(アルバに向き直って、今はじめて気づいた様な調子で片手をあげる)

アルバ 18k0

…ただいま。
(物凄く不機嫌そうに呟くと)
双子だから一緒に生まれたかった。それだけだよ。 ああ、でも俺今ちょっと後悔してるわ…。
(つかつかと歩み寄るとアノチェと同じ顔が睨みつけてくる)

…アノチェの件はありがとう、世話になった。感謝している。 …でも、それはそれだ。…妹悲しませたらぶん殴るからな
(ぼそりと小さく)

テルプ・シコラ  1btg

(その言葉に目を丸くして、アノチェの方を見やる。まだ頬を紅潮させたままの彼女を見ると苦笑して。アルバの頭もぽんと撫でて、何も言わずにその場を離れた)

…………彼女に、もっと良い奴が出てくるまではね。がんばるよ。
(小さく呟いた声は、誰かに聞こえただろうか)