少年と、稽古を
第一期:冒険のはじまり
クランに訪れる、色んな事。色んな人たち。
無事転生を果たし、友人たちと楽しく過ごすテルプ・シコラ。
出かける彼を見送り、クランに残ったふたり…天野と赤坂はロビーで、思い思いの飲み物を手に座っていた。
テルプさんもすっかり元気になってよかったですね。
随分と、練度(レベル)の差が出てしまいましたけれど。
珈琲の香りを楽しみながら、顔を上げる。
あの……天野さん。僕は。
…あのまま、彼を見殺しにするのかと思って。
貴方にひどく当たってしまったから、その。
ひとこと、謝っておかなければと。
おずおずと、天野の顔を覗き込むように。
…謝罪の必要は無い。
むしろ、謝らねばならぬのは己(おれ)の方である。
黙って事を進めてしまい、不安な思いをさせた様だ。
いえ、そんな。
終わったことなので、もう、大丈夫です。
…………………………。
…否。実は、まだ終わっていない。…すまない。
実は今回、もう一つ、条件を提示されてな。
先程赤坂も言った様に。──練度の差が大きいというのは冒険に都合が悪い。
【足並みを揃えるように】との事である。
手に持っていた湯のみをテーブルに置くと、ゆっくりと、立ち上がり。
槍を手に、一歩赤坂へと近付く。
え、…は?
すみません、どういう意味、でしょうか。
ちょっと、待ってください。まさか、揃えるって、ちょっと、待って。
(後ずさる)
大丈夫。出来る限り痛くない様、優しくしよう。
逝く時は一緒だ。
言動がいかがわしいんですけど?!
いやそれどこじゃ、嫌、やだ、マジで
ふざけんな…あんた本当に、頭おかしいって!
やだ、やだやだ、やめ、────っ
懇願の言葉が、ただ、ひゅうという漏れる息に変わり やがてそれもすぐに虚空へと吸い込まれる。 漂う珈琲の香りは、すぐにこの錆びたような、赤黒い匂いに飲み込まれてしまうだろう。
────。
裏切ってばかりだな。己は。今も、昔も。
淡々と、しかし、少し疲れたように息を吐いて。
制服の前をくつろげる。
──介錯不要。
手にした短刀を、力いっぱい腹へと。
イラスト:かげつき
【悲報】
俺っち楽しく飲んで帰ってきたらクランが血みどろな件について
え、なにこれどうしたの。
血だまりの真ん中には、喉元を切り裂かれて倒れている赤坂。 はらわたをはみ出させかけて正座のまま絶命している天野。異様な光景が広がっていた。
──置き手紙だ。
ほう、この薬で、へぇ。転生させろって。ふーん。
俺っち、信頼されてるって喜んでいいモンなんかねぇ。
手紙と共に置いてあった薬の蓋を、開ける。
俺の村さぁ、俺っち以外誰も手紙なんて読めないんだぜ。……ラッキーだったね天野っち。
もしも俺っちが文字を知らなかったら、なんて想像ができない辺り……
天野っちだって、ホント、お坊ちゃんなんだなって。俺っちは思うね。
血だまりに立つと、素足がぱしゃりと音を立てる。
冷たくなった彼らの口に、そっと薬を含ませて。
♪ さぁたのしくうたおうか
♪ どんなときでもえがおがいちばん
♪ いたいのもかなしいのもさみしいのも
♪ わすれてわらえばだいじょうぶ
♪ だからさぁきみもさみしくなったら
♪ おれのとこおいで こっちへおいで
♪ 嘘と虚像のまほうでほら
♪ しあわせのうみにしずめてあげるよ
♪ ・・・・・・・・・
倒れているふたりの横。血だまりの中で響くたのしいだけの歌
目覚めた後、みんなで天野にさんざん文句を言いながら、クランの床を掃除した。
「せめて何か敷くとかさぁ……」
「うむ、次回は気をつけよう」
「そーいう問題じゃ、無いですからねっ?! 次回とかやめてくださいねっ?!!!」
何とか……、ホラー屋敷の様な惨状は、回避出来たと、思う。
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辺りを見回しながら戸をあけて
ここでいいかな・・・こんばんはー?
視界に赤坂を見つけて手を振る
あ、いたいた、どうも。
夫がクランで話し込んでいるようなので、代わりに挨拶に来ました。
チェイネルは、クラン「Герои(ゲロイ)」に所属する冒険者。ビリーの妻でもある。 見た目幼く見えるが、これでも2児の母をやりながら冒険までこなす、 笑顔の眩しい女性だ。
あ、あ…、チェイネルさん、こんにちは。
す、すみません、男所帯で、むさ苦しくて。
リーダーである天野の几帳面のおかげで、部屋は潔癖な程に整理整頓されてはいるが、
それでも華の無さというか…「男子の部屋!」という雰囲気を感じるかも知れない。
わざわざ、どうも。
あ、珈琲でもいかがです? 丁度、今、豆を挽いてるところで。少々お時間、よろしければ。
テーブルの上に置かれた手挽きミルから豆の香りがしている。
ふふ、お構いなく。
クランには男の人が多いですし、囲まれるのは慣れてますから。
コーヒー豆の香りを感じ、目を細める。
いい匂いですね、挽いてらっしゃるんですか。では少し、いただきます!
・・・っと、今日は上の子を連れてきてまして・・・
この子にコーヒーはまだ早いから、よければミルクもお願いできますか?
丁度よかった。ミルクなら、うちのメンバーが今日、新鮮なのを持って帰ってきました。
ラクト高原のやつですよ!
チェイネルさんが連れてきた少年に、顔を向ける。
こんにちは、いつもお父さんお母さんには、お世話になってます。
えっと、名前、なんだっけ。
ミルクを用意しながら、ゆっくりと時間をかけて珈琲を淹れている。
…とびっきり美味しい!って評判の牛乳屋のらしいから、気に入ると思うよ?
ばっ、と顔を上げて
俺、ヴァンっての!にーちゃん強い?強い?
父さんぜんぜん帰ってこねーから稽古つけてくれねーんだ。
いいなー冒険いけて・・・。
用意されたミルクを眺めながら
うまそう!アリガトー、ゴザイマス!
つ、つよ……うう、残念ながら僕は、あんまり…全然…まったく。。。(自分で言ってて落ち込んできた)
ああ、稽古好きの人がひとり、居ました。天野さん、出番ですよ。
稽古という単語を聞きつけていたのか、こちらを気にしている様子の天野に手招きを。
チェイネルさん、はい、どうぞ。ミルクにも合うものなので、こちらをお好きなだけ。
質素なカップに注いだ珈琲とともに、ちいさなピッチャーに入ったミルクを勧めて、
使われるならこちらもどうぞ、と、白と茶色の角砂糖をそっと脇に置く。
ビリーさん、珈琲お好きなんですか!
じゃあ、是非おみやげに、持って帰ってくださいよ。豆、後で用意しておきますから!
と、珍しくはきはきとした口調で。嬉しそうだ。
奥からのっそりと現れて。
ヴァン、殿か。お初にお目にかかる。此のくらんに所属する天野という者だ。
気持ちのいい挨拶、覇気のある声、真っ直ぐな目線。
若いながらに大人顔負けの風格を宿しているように感じる。
お父上の稽古の賜物であるかな。
…奥方殿も、いつも此方が世話になっている。
堅苦しい物言いで姿勢よく、頭を下げて
父上はお忙しいか。どうだ。己(おれ)と少し身体を動かすか。
そう言ってヴァンくんを外へと促す。
元気よく手を挙げ天野に向き合う。
アマノ!覚えた。ハジメマシテ!
・・・ハキのある声?難しい事いうんだなアマノにーちゃん。
稽古つけれくれるのか!?やった!いくー!!
天野のそばへ駆け寄ったかと思えば、ふと赤坂を見て
あんまり?ぜんぜん?まったく?
なんだ、じゃあこれから強くなりゃーいいじゃん!
一緒に稽古しよーぜ!
赤坂の手を引っ張っている。
母さーん、イッテキマス!
天野さん・・・ですね、はじめまして、チェイネルです。
赤坂さんには・・・後方支援の先輩って感じで、
よく勉強させてもらってます。
外へと駆け出すヴァンに向かって
こら、あまり無理に誘っちゃダメよー。
怪我はほどほどに、いってらっしゃい。
見送るチェイネルに会釈しつつ。
手加減は苦手である故、少々の怪我は、申し訳ない。努力する。
……行って参る。
ヴァンくんの、赤坂への言葉に頷いて。
うむ。素晴らしい考え方だ。努力するのに遅すぎる事など無い。
例え自分が届かぬとも、次代の。……君達の様な若者が、己(おれ)等の糧も挫折も希望も背負って行く。
脈々と繋がれていくのだよ。父上、母上から、君へと。
ヴァンくんにずるずると引きずられていく。
あ、う、僕は、あんまり。身体を、動かすのは。
まぁ治療役として着いて行くのは有りか、と思いながら。
……ヴァンくんは、なんで、そんなに強くなりたいの。
俺は父さんより強くなりてーの!
「拳銃の扱いはまだ早い」っていわれてさ、
稽古はいつもたいじゅつばっかりなんだぜー、つまんねー。
強くなったらきっと他の武器も教えてくれると思うんだ!
ああ、ビリーさん、強いし、かっこいいし、うん。憧れるよね。
……だけど、強くなればなるほど、傷つけるのも傷つくのも、増えていって。
例え強くなっても、武器なんて、持たなくて済む方が……
ん、いや、……えっと。なんでもない。ごめん、何でもない。
体術、大事だよ。何事もまず基本から、ね。
素敵なお父さんで、羨ましいよ。
……お母さんに、心配かけないようにね。
あ、ありがとうございます。
また、そちらにも、お邪魔させていただきますね。
……優しい、とかじゃ、無いんです。多分、僕は。
花を抱いたままうつむいて、誰に言うでもなくぽつりと、つぶやいた。
ヴァンは天野の稽古に満足してくれただろうか。彼はまだまだ元気な様子でにこにこと手を振って。
結局付き合わされてへとへとの赤坂と、余裕の表情の天野とのふたりでその背中を見送った。
もらった花は百合……のような、きらきらと輝く花びらの。
(詳しい者であれば、イズレーン地方で見られるヒガンバナという花に似ていると思うだろう)
あいにくこのクランには、
「また会う日を楽しみに」というネリネの花言葉など、知る者はいないのだけど
その花に込められた想いは、きっと暖かな気持ちとして彼らに伝わっただろう。
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お邪魔します、こうして来るのは初めてかな。ヴィゾンです
挨拶しつつドアを開けて入ってくる
たまにテルプさんの歌にお世話になってたから、その御礼に挨拶に来ました。
……最近皆大怪我したって聞いたけどもう大丈夫なのかな?無理はしないでね
……っ!
扉が開いて、見えたその姿に、思わず槍を手に、戦闘態勢を取ろうとして……
──違う。敵、では無い。……此処は、屍人溢れるかつての世界では、無いのだ。
自分を落ち着かせるように、ひとつ大きく息を吐く。
…あ、ああ、否、客人か。すまない、大変、…失礼した。
以前、……敵対していた者と、少々、気配が似ていたものでな……。
気を悪くされたら、誠に申し訳ない。
反射的に手にとった槍をしまい、丁寧に謝罪する。
此方の代表を務めさせて貰っている、天野輝樹という。
ああ、怪我、は。うむ、全く問題無い。
ご心配感謝であるよ。ヴぃ、ヴぃぞん、殿(発音しにくそう)
そちらでも、くらん員の方が怪我を負われたとのこと。貴方も心労が耐えぬであろうが…。
こちらこそ、宜しく頼む。
あ、やっほーやっほー
冒険でも賭博場でもいつもありがとねー♪
またよろしくねーー
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先日の事だ。
アノチェセルの兄であるアルバが、……冒険にて死亡した。
以来、テルプはアノチェセルを誘って、今まで以上に、共に冒険に出かけている。
どうか彼女を楽しい歌で満たして。彼女が悲しい事を忘れられるように。
わ、わーー! 甘いお菓子だぁ!
あ〜〜、これは、何だろ、バターの香りかなぁ…。すごく幸せそうに香りを嗅いでいる。
いいの? 遠慮なくもらっちゃうよ? ありがとー♪
子どもたちも頑張ってくれたんだー。嬉しいなぁ。
えーーーー、お礼に、なるもの、何か無いかなぁ。
うーん、あー、子どもたちなら、こういうの、どうだろねぇ。
箱に入れられた色とりどりの石を取り出し、自信無さげな様子でアノチェさんに見せてみる。
丸く磨かれたり、動物や花を模した形に削られたりして、小さな穴も開けられていたり。
石自体は、全然、価値の無いものなんだけどね。
俺っち小さいころ、よくこういうの集めて磨いたりして遊んでたんだ。
えぇと、つまんないものだけど…。
もしも、皆が喜んでくれそうなら、良ければ、だけど、貰って?
う、うん!バタークッキー。シンプルだけど美味しいよね…!
お、お礼なんていいのに…。
あ、わかるよ。わ、私も道端にある可愛い形の石集めたりとかしたもの…!
(箱に入った石を見詰めると昔を思い出して微笑んだ)
こ、子供達何でも喜ぶから大丈夫だよ…!
あ、ありがとう!
わかるよ、の言葉にぱぁっと表情を明るくして
そ、そう? わかってくれる? 嬉しいなぁ。
そう、金にはならない〜 屑石だけど〜♪
世界でただひとつ 俺のみつけた石なのさ〜♪
とと、歌ってる場合じゃないね。じゃあ、どうぞ、子どもたちにもよろしくね。
ありがとー! またそっちにも遊びに行くよー。
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やあ、こんにちは。ジョブチェンジャーズのオルゴーだ。
テルプに冒険に誘ってくれてありがとう、とお礼を常々言いに行こうと思っていたんだけれど…
どうも吟遊詩人さんの所に行くとなると緊張してしまってなかなか…。
最近はダンジョンで不幸が続出しているようだが、テルプも大変だったようだな…。
うちのリハビリ中の仲間からも、世話になるからとこれを持たされたんだ。よければ食べてくれないか。
(<いろいろきのこのキッシュ>の入った籠を机に置く)
そ、それでは。またあの素晴らしい歌を聞けるのを心から楽しみにしているよ。
(右手と右足を同時に出して退室していく)
おおー、こちらこそ、そっちに挨拶にも行けずにごめんよー。
これは、あれか、ギザ歯のねーさんが作ってくれたやつかな?
美味そうだなぁ! 皆で食べるよ! ありがとー♪
何か、にーさん、固くなってんなよー。
俺っち、にーさんの歌、嫌いじゃないぜ。
仰々しく芝居がかった仕草で
──歌は、魂。
歌いたいと思ったその時に、もう人はこの世界の交響曲の一部なんだぜぇ。
……ってね。おどけて、笑う。
また一緒に出かけようぜ。お仲間さんにも、よろしくなー♪
いただいた差し入れが机の上に並んでいる。
別々に食事を取る事が多い3人が、今日は中央のテーブルに揃い。
き、き。きしゅー。
……お好み焼きの様なものか? (恐る恐る箸でつつきながら)
──ん? ん、うむ。うむ、悪くない。
もぐもぐと、不安げに口に運ばれていた手は、いつしかスムーズにキッシュへと伸ばされて。
キッシュ、ですよ。
きしゅーって何か気の抜けた怪獣の鳴き声みたいじゃないですか。
…………美味しいですね。(もぐもぐ)
もう名前なんて何でもいいよー。美味しければいいよー。(もぐもぐもぐ)
えへへーお菓子もいただいたからね! みんなの分あるよ!
クッキーと一緒にチョコドリンクでも、どう?
クッキーには、僕は、珈琲の方があうと思うんです。 特にバタークッキーと深煎りの珈琲の相性は、控えめに言って最高です。甘みと苦みのハーモニー。コク深さを互いに引き立てあうこのマリーアジュ。そもそも色合いからして最高だと思いませんか。白と黒のコントラストが目から楽しませてくれて、広がる香りが次は鼻を楽しませてくれるんです。
…己(おれ)は茶を淹れよう。
ほんと、好みばらばらだよねぇ……まぁいいけど。
この花も、いただいたんだよねぇ。いいにおいだねぇ綺麗だねぇ。
テーブルの上に飾られた花から、良い香りが。
ネリネっていうんですって。 …部屋が、明るくなりますね。
ぼんやりと、大した会話もなく、3人で花を眺めた。
この瞬間は、3人共が同じものを見ていた。
それがなんとなく、大切な事のような気がして
僕はこの日の夜のことを、不思議といつまでも覚えているのだ。