テルプ・シコラの死
第一期:冒険のはじまり
いつも明るい吟遊詩人は、その身体を横たえたままで。
驚くほど軽いテルプさんの身体をダンジョンから拠点へと運ぶ。
治療の甲斐あり火傷の痕は綺麗に消えたが、彼はこんこんと、眠るように横たわっている。
……そう、眠っているように
ドラゴンの灼熱の息が僕達を包み。何かが、焼けるにおいが、僕の隣から。
それが。コートに染み付いている様で。
……気持ち、わるい。
身体に力が入らずその場にうずくまる。額を床に付けるように、それでも悪心はおさまらず。
どこかへの提出書類だろうか、天野さんがテーブルに向かって何か書き物をしている。
表情を変えず淡々と「いつものように」作業をこなす男に苛立ちを、覚えた。
あなたの、せいだ。
まるで力のこもらない声に、ちらりと、彼がこちらに目を向けた気配を感じた。
…………。
言葉の続きを待っているようだったが、
僕がそのまま俯いて黙ってしまうと、彼は何事もなかった様に手元へと目を落とす。
それがとても腹立たしく、何か怒鳴りつけてやりたい気分だったのだけど
……っ
胃液が逆流してくる感覚に、僕は床を這い、
身体を引きずるように水場へと移動するのがやっとで。
気分が悪い、眠って。眠ってしまおう。
どうせ何も、変わりはしないのだから。
テルプ・シコラの体温は冷たく、呼吸は止まっていて。確かにその生命としての機能は止まっている様に見える。
それでもその体が腐りだす様な事が無いのは、冒険者に見られる特殊な現象の所為なのだろうか。
「転生」
死した冒険者が再び生を受ける事。
未だ解き明かされぬ謎の現象。黄金の門のちからなのだろうか。
……しかし、彼が再びこの世界に生を受けるのか、
あるいは、転生の機会を得られず埋葬された数多くの冒険者の墓に名を連ねるのか。
それは誰にも分からない。
いたかっ…た…よね…
ぽつりと呟き少女はクランの扉の前に立ち尽くす。
吟遊詩人だけのパーティはとても楽しかった。
絶え間なくどんなときも誰かが歌っていた。
誘ってくれた彼には感謝してもしきれない。
彼と同じクランの者に挨拶一つでもすればいいのに、足が地に縫い付けられたように動かない。
動かない足の代わりに口を動かす。
ま、また、あえるかな…
赤い髪が揺れる。
願いを込めて鎮魂歌を、歌った。
扉の向こうから、澄んだ歌声が聞こえる。
閉めきった部屋の淀んだ空気に清凉な風が流れこむような、
魂が清められるようなそんな気分に、ふと表情をゆるめる。
──鎮魂歌だ
またあえるかな、と、消え入るような微かな声。
扉を開けるとおどおどした様子で立ちすくむ少女。
手には竪琴。
てるぷ殿の、ご友人かな?
歌声の主であろう、彼女に問いかける。
…彼は、己(おれ)達に黙ってよく一人で出かけて行ってしまっていた。
帰ってきた時にはいつも楽しそうに、冒険の様子を聞かせてくれたよ。
…そうか、君達と一緒、だったか。
己(おれ)達と出掛けるよりも、きっと彼には楽しく歌っている方が相応しいのだ。
いつも、己(おれ)の都合で無理を押し付けてばかりだった。
……良い歌を、有難う。
己(おれ)は歌のことはよく分からぬが、優しくて、清らな、心がこもった歌だ、と思う。
淡々とした喋りだが、相手を脅かさぬよう、極力声を落として
今、上に掛け合っている。
彼が、目覚めてくれる様… また会えるよう、尽力しよう。
再会を望んでくれる者が在るというのはそれだけで存在意義だ。
必ず連絡をするから、…待っていてくれ。
本当に、有難う。
そう語る天野であったが、 ふたりとなってしまって、なお、かげつきのクランの進撃は続く。 ギルドからの通達は、央権人王の試練場の深層攻略。 今回は、以前よりも下層が開放されたのだ。 ダンジョンの、より深く、より奥へと。
テルプの死の一報は、詩人仲間であるフェリクスのクランにも届いた。
穀潰しどもの寄合所拠点の側。とある教会の告解室の扉をひとりの女性がくぐる。
フェリクスとクランを同じくする女医、クレメンティだ。
(慣れた足取りで入って行き、向かいの窓の隙間に札束を差し込む)
いつものです。耳栓して聞いて下さいね。
今日、央都の方から珍しくあの人に手紙があったんです。
中身は知りませんけれど、黒い封筒で、しかもクランを名指しでしたから、
多分、知り合いの冒険者の方が…。
…。わたしたちもそこそこ長く活動してますから、そういうことは、初めてではありませんが。
でもあの人はすぐに破り捨てちゃって、
「ちょっと練習してくる」なんて言って出て行っちゃったんです。
おかしいんですけどね。いつもは寄合所で勝手にやってますから…。
ああ、案外すぐ戻ってきましたよ。全然気にしてない風な顔で。
それを指摘したら、少し喧嘩になってしまって。
「人は死ぬときはあっさり死ぬだろ、あんたもそんな仕事してればわかってると思ってた」
ですって。いや、わかってますよ。わかっててもそう割り切れるものではないですよ。
わたしなんか…。
…わかりたくなんか、ないですよ。だから、躍起になって薬を作ってるんですよ…。
……。
そう、それで…何でしたっけ?そのまま仕事に行っちゃったんですよね。
だからちょっともやもやしていて…。
まあ、いいです。きっとあの話もそこまでで終わりってことなんでしょう。
一人旅なんてしていると、あんなにも残酷になれるんですかね?
わたしも神父様も心配しているのに…。
はあ、とりとめのないお話になってしまいました。少しだけ、すっきりしましたよ。
今日はこのあたりで。何かお酒でも買って帰りましょうか…。
(目元を拭ってから、静かな足取りで帰って行った…)
その懺悔を聞くのはいつものシスター…に代わって、
今日は穀潰しクランの神父様。そう、あのギャンブル好きの神父である。
………。
今日は私が担当だったんですが。不在の間にそんなことが…。神よ…。
というかあの、この札束は…。あの人いつもこんなことしてるんですか?
そしてシスターも普通に賄賂を受け取っていたんですか?えっ??
こ、困りました…色々な意味で。ひとまず様子を確認しなければ…そしてこのお金を気付かれないように返さなければ…。
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央権人王の試練場は、刻碑歴以前から存在する遺跡である。
オーラム初代国王「央権人王」カエシウス・ルトゥムウィル・レグルスの命により、
自国の兵を鍛える試練場として利用されたという。
現在は、冒険者ギルドが管理権を持ち、冒険者を鍛える試練場として運用されている。
深部には強力なモンスターやダンジョンに作られた罠の数々が冒険者を迎え討つ。
正直、かげつきのクランのレベルでは、まだまだ力不足と言わざるを得ない。
高練度の傭兵を雇い、身の程をわきまえぬ挑戦が続いた。
一撃で戦闘不能とか。
…もうやだ。怖い。
無茶な進軍の末……。
何とか最下層にたどり着いた彼らであったが。
央権人王40階試練場、最下層のボスを撃破。
…こんな実績が、何になるというのか。
天野さんは早速上に……
僕らのクランを管理する機関、…天野さんは【管理局】と呼んでいるけれど、そこに早速報告書を書いていた。管理局とやらの詳細について、僕らは何も知らされていない。
彼がよく口にする「成すべき事」というものが、動かなくなってしまった仲間を放って上からの指令をこなす事だというのならば、僕は絶対に、彼の言う英雄、とやらにはなりたくないと。そう思う。
その管理局、とやらの言いなりになることも。
テルプさんは眠っている。ように見える。天野さんが出掛けて、ふたりだけの静かな時間。
ふとテーブルの脇の棚を見ると封書の束。
…管理局からの手紙だ。
上との連絡も、他クランとの接触も。何から何まで天野さんが引き受けているから目を通したことは無かったけど。暇に任せて一番上の一通を、手に取った。
【戦闘不能となったテルプ・シコラの処理について】
一行目の言葉が目に入り、愕然となる。処理…、処理ってなんだ。
【天野輝樹に通達
表題の件。テルプ・シコラの冒険の記録を精査した結果
行動に無駄が多く実用的ではないため新メンバーと交換。
旧メンバーは破棄とする。席を開けて待つように。】
短い事務的な文章を、理解するのに随分時間がかかった気がする。
……破棄?
人の生命を、何だと思っているんだ…。
……いや。僕達のこれは、本当に生命なのだろうか。冒険者となってから何度も考えたことだ。
転生を繰り返す。繰り返させられる。その現象に、僕は強い抵抗を覚えていた。
何度死んでも同じことの繰り返し。そこから逃げ出すことも出来ず。見えない誰かに、僕という存在を弄ばれている様だ。
それは冒険者ギルドに、だったり、「管理局」と呼ばれる何かだったり、どこかに居るかもしれない神様…あるいは悪魔に。だったりするのかもしれなくて。
扉を開けると、椅子に座った赤坂が目に入った。呆然としたその表情には気付いていない様子で。
赤坂。戻っていたか。丁度良かった。
笑顔で、こんな時に笑顔で。声をかけてくる彼の手に、今日、新しく来たらしい管理局からの手紙を、見つけて。
あんたは……っ!
力いっぱい、手にした手紙を握りつぶして……投げつけた。
……見たのか。
なんで平気なんですか。
あなたは、何で平気なんですか。
ぐしゃぐしゃの手紙をまだ踏みつけて、詰め寄って、その胸元を掴んで、揺さぶる。相手の無表情に心底腹が立つ。
…そうですよね、あなたは、英雄に、なりたいんでしたよね。
僕らみたいな足手まといとか、さっさとお別れしたいですよね。
…僕は貴方みたいにはなれないし、テルプさんだってそうだ。
それでも、彼だって、ここで、色んな人と会って…
英雄になんて、なれなくたって、何処にも行けなくたって、ここで生きてて。
それは、意味が無いなんて絶対そんな事なくて。
それを、それを、道具を捨てるみたいに、もう、いらない、なんて。そんなの。
声にも、腕にももう力が入らず、ずるりと襟から手が滑り落ちた。
……赤坂。
君が此方(こちら)を、……己(おれ)の目を見て言葉をぶつけてくれた事、まずは感謝する。
ただ…己(おれ)はてるぷ殿を…無論君の事も、足手纏いと考えたことは無いぞ。
己(おれ)にとって必要な、何にも代え難い大切な仲間であると思っている。
それをあの無能が、破棄、だと? 巫山戯(ふざけ)るな。
……あれは、彼の歌を直接聴いておらぬ故、そんな事が言えるのだ。
上に抗議したら交換条件を突き付けられた。
二週間以内の試練場完全攻略だと。
ふむ。流石、あれは己(おれ)の使い方を、良く知っている。
……へ?
少々、無理に進んだが、何とかなるものだ。
どうだ見たか! この純黒学園三年天野輝樹と、共に戦う仲間を甘く見るな。
天に向かって、槍を突きつける。
…まぁ、高練度の傭兵は、やや出費が、痛いが。
ため息を付きつつ、手にしていた封書を、ぽかんと口を開けたままの赤坂に示す。
中に何か入っているのか、ひどく分厚く、いびつだ。
転生、とやらに必要な薬品が届いた。
準備をするぞ、赤坂殿、手伝ってくれ給え。
ちょ…ちょっと待って。
何で、そんな大事な事話してくれないんですか。
そんなだったら僕だって、もう少し、協力が出来たのに。
…君は。
あまり気負うと本来の力が出せぬ様に見受けられる。
嫌々、一歩離れたところに居る時のほうが、冷静な様な気がしてな。
気を悪くしたら、すまんが。
…………。
気も、悪く、なりますよそんなの…。
大きく息を吐く。
もう少し文句を言ってやりたかったのだが、いつもの無表情に、何だか脱力してしまい。ああ、何だか分かった。こういう人なのだこの人は。大きく息を吐くと、苦笑して顔を上げた。
準備、しましょうか。
…何を手伝えば、いいんです?
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────無音だ
いつもの鈴の音が聞こえない。
俺の音が聞こえない。
あれがないと俺っち、すごく、寂しいんだ。哀しいんだ。
だって俺の歌は聞く人を幸せにする歌だから。
だから俺も幸せでいれるはずなのに。
嗚呼、好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない。
あれがないと。
好きじゃない、世界の音が溢れてくるんだ。
誰か、この無音を、止めてくれよ…──。
♪
────音、だ
♪
♪ ♪
ああ、歌だ。
♪
♪
♪ ♪ ♪
♪ ♪
ああ、何だ、あいつらの。
イラスト:かげつき
おれの だいすきな うた だ
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夢の中で心地よい音楽に包まれて。
名残惜しく感じながら目を覚ませば……見知ったふたりの顔。
……お帰りなさい。
気分は、どうです?
ぱちりと、目を開けたテルプさんに向かって問いかける。
おなかすいたー
けろりとした様子で。
……おかえり、だ。
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転生してまっさらのお肌つるつるじゃない?
無事転生を果たしたテルプ・シコラ。
早速穀潰しどもの寄合所にある賭博場へと、足を伸ばす。
つい先日、賭博大好きロラン神父もまた、死地より舞い戻ってきたところであったのを筆頭に、
賭博仲間の多くが、ちょうどこの頃、初の転生を経験していた。
ちわっす。初めましてです? 神父様が怪我でリタイアしたので 代理で冒険者やることになったジェーンです。 本当に賭け事なんてやりやがってたんですね、神父様。一応シスター的に失望したです。 でも神父様が負けるのは見てて楽しいんで飯でも食いながら見学させてもらうです。
よーっすロラン!聞いたぜ、三途の川渡りかけたんだって?奇遇だな、あたしもだよ。
もしかしたらお花畑ですれ違ったかもしんないな!
しかし一度死にかけはしたものの、なんか妙に清々しい気分なんだ。
なんつーかこう…生まれ変わったような、一皮向けたようなっつー…
ってことで新しいあたしと勝負してもらうぜ!
(死の淵から蘇った人たちが集う賭博場はここですか)
ええっ、プレーンさんもそんなことがあったんですか?
やだ…最近のダンジョン…怖すぎ…!?
皆さん色々あったというのに元気ですよね…私トシかなあ…。
まあ、ギャンブルやる元気はありますから全然ですよね!
(多分ここであってます!)
うぇーーーーい ひさしぶりーーーー♪
ポーカーのルール覚えてきたからやろうぜーーーー♪
へっへー おどろいたかー♪
あの世のみやげ話でも出来ればいいんだけど生憎あんま覚えてないや。
でもねー、みんなの歌が、聞こえた、気がしたね。…歌はすべてを超えるんだって、俺っちは、思うよ。
まぁそんな事よりポーカーしようぜ(覚えたて嬉しい)
負けたほうが歌う。
うへぇ、本当にあの世一歩手前まで行ってたんだな…。
あんま無茶すんなよ、びっくりしたんだからよ。
(オレのもちょっとは聞こえたかな…)
負けたら歌?いいぜ、神父のおっさんよりは強いつもりだからな。
俺っちの快気祝いとか
俺っちを称える歌とか
俺っちカッコイイ!みたいな歌
うわ、詩人のヤローすっげえ悩んでやがるですね。そんなに人を褒めるの苦手です?
もうちょっと待ってあげてやれです。すまんです。
ぼりぼりとお菓子を食べつつ、うんうん唸っているフェリクスを眺めている。
でき…でき…できた!悪い、頑張ってみたけどいつもの感じだわ!
(そう言って音楽を奏でる。どちらかと言えばこの場にいる全員へと向けて)
♪ どいつもこいつも冒険野郎は ♪
♪ ろくな奴がいやしねえ ♪
♪ 不意打ちに罠に実力不足 ♪
♪ おっ死ぬ機会は星の数 ♪
♪ ほら川の向こうもよく見える ♪
♪ お前も見たろ?手を振るばばあ! ♪
♪ ここらの奴らはみんなお仲間 ♪
♪ 死線でゴム跳び リンボーダンス ♪
♪ でもよ 戻って来てよかったよ ♪
♪ また騒げるだろ また歌えるだろ ♪
♪ ここはひとまず祝おうぜ ♪
♪ 飲んで喋って踊ってさ ♪
♪ 朝が来てやっと泣けるのさ ♪
(たまらず途中から演奏に参加する)
♪ そうさあちらは酒池肉林 ♪
♪ 綺麗なねーちゃん手招きしてらぁ ♪
♪ それでもこんなろくでもねぇ ♪
♪ 世界に戻って来れたのは ♪
♪ 俺らと同じ ろくでもねぇ おめーらと ♪
♪ また騒ぎたいって また歌いたいって
♪ 泣いてるヒマなんて ありゃしねぇ ♪
♪ 明日も明後日も ♪
♪ ほら歌おうぜ ♪
イラスト:かげつき
ほら、みんなで歌えば、笑えば
しあわせで、いられるだろ?
楽しい音楽と笑い声に合わせて、彼の髪に付けた鈴は
コロコロと、弾むように、音を奏でていた。
イラスト:かげつき
キャラクターをお借りしております:
穀潰しどもの寄合所 さまより フェリクスさん、クレメンティさん、ロランさん、ジェーンさん
一突き隊 さまより ライノさん(左ヘルメット男性)
チーム墓荒し さまより ヴィゾンさん、トーレスさん(着席している手前ふたり)
しまとらカフェ さまより ガウォンさん(虎男性)
す、すみません、クラン名を失念してしまいました ソルモンさん
おいしいごはん さまより シアンさん(肉食べてる子)
ジョブチェンジャーズ さまより プレーンさん(オレンジ髪の)
おそらソラ さまより ミカヅチさん アネモネさん(右端男性とシスター) ありがとうございます!