生まれたいのち

第五期:未来を奏でる

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ふたりのあいだに、赤ちゃんができました!
アノチェセル 18k0

ここのところ身体がずっと熱っぽい。 動けないわけではないが、何だかすっきりしなかった。 夫に心配されてしまうのを申し訳ないと思っていると、唐突にせり上がってくる衝動に、口を抑えて。
…っ!!

流しに駆け込んで吐き戻す。 ある程度落ち着くと、彼女の脳裏にある言葉が浮かんだ。 月経は、ずっと前から来ていない。
く、クレメンティが渡してくれた、メモ…ど、どこだったっけ…。
その住所を確認すると準備もそこそこに彼女は家を出た。

「出掛けてきます」
と書き置きを残して。

テルプ・シコラ  1btg

……あれ、どこ言っちゃったんだろう。 珍しいな、書き置きなんて…。

最近、ずっと調子悪そうにしてたから、無理してなければいいんだけど…。 そこまで言って。妻が自分に行き先も告げずに出掛けた事に対する不安が襲ってくる。 もしかしたらすごく悪い病気なのかもしれない。 自分に心配かけまいとして、黙っているのではないだろうか。

いや、そんな時だって彼女は必ず俺に話してくれるはず。 どんなに重い病だったとしても、ふたりで共に乗り越えていかなければ。 そんな決意に、拳を固めるのだった。

アノチェセル 18k0

やがて彼女が帰ってきた。
あ…!お、おかえりなさい、テルプ! ご、ごめんね、出掛けちゃって。 す、すぐ、ご飯の用意するね。 あ、あの…ね、で、でも、その前に、聞いてほしいことあるの。


少しばかり俯いて。 その顔は照れているように見えた。
あ、あの、ね…。
そっと撫でるようにお腹に手を当てて。

アノチェセル 18k0


…あかちゃん、できたよ。

テルプ・シコラ  1btg

え?

ぽかんとした顔で、その後何度か目をぱちくりと。
え? どこ? え?
アノチェの手がやさしくつつむ、彼女のおなかを見て、……アノチェの顔を見て。 え、え、マジ、マジで? ようやく事態が飲み込めたのか、次第にテンションがあがっていく。

テルプ・シコラ  1btg

すげーーー! やった! やった、ノチェ! えらい! すごい!

抱きしめて、抱き上げて、ぶんぶん回ろうかと思ったが、 いけない、あぶない! と思い直して

アノチェセル 18k0

うん!や、やった!やったね! えへへ…!…テルプとの、子供…。嬉しい…。 まだお腹の見た目に変化はないけれど、ここに今命がいるのだと思うと、愛おしくて、ついお腹を何度もなでてしまう。

テルプ・シコラ  1btg

え、え、俺っちどうすればいい? ミルク? ミルクつくる? あっ 哺乳瓶とかいるの? おむつもか! 落ち着け。

ごはん、ごはんいいよ、俺っち作るって! ね、ほら、座ってなきゃ、ホラ。

アノチェセル 18k0

て、テルプ…!まだ、先だよ…!
いきなり気の早いことを慌ただしく捲し立てる夫に落ち着かせるように告げて。 それでも彼が大きく喜んでくれているのが嬉しくて、彼女はくすくすと微笑んだ
…こ、今度、おばさんに、報告してくるから、そ、その時に色々、聞いたり、買い物するつもり…。

だ、大丈夫だよ、ご、ご飯作れるよ? …え、えと…。 座っていてと促されるも、ちょっと心配のようで。 じゃあ、い、一緒に作ろ? と誘った。
その日の夕食はちょっと不格好だったかもしれない。

アノチェセル 18k0

眠りにつく際、アノチェセルが彼の手をお腹に導いて。
…名前、考えないと、だね?
やっぱり彼女も、嬉しすぎて気の早いことを呟いたのだった。

テルプ・シコラ  1btg

うん、なるべくはやく、名前つけてあげたいなぁ。 なんて呼んだら良いか、俺っち困っちゃう。
今までとは違う気持ちで彼女に触れるのが新鮮で、何だかとてもうれしくて。
……どんな子が来てくれるのかな…。 まだ見ぬ生命に触れているような喜びを胸に。うとうとと。

……あぁ…クレメンティにいろいろ聞いておかなきゃ… 妊娠中って、やっぱり……控えたほうがいいんだったっけ? なんて思いながら。

アノチェセル 18k0

君鳥、フォウ、アルバに報告をするとそれはそれは喜んでくれて。 特にアルバは 「男か?女か?ああー、アノチェの子だったら絶対可愛い!! ああ…俺もう姪甥バカでいいや…。アノチェ、重い物はみんな俺が持つから使いまくれ!いいな!」
などと相当の喜びようだったという。

テルプ・シコラ  1btg

それからは、…時間の経つのがとても早いような、一日いちにちがもどかしいような。 毎日お腹に向かって話しかけてみたり、歌を歌ってみたり。 気の早い玩具や、服や、音の出る楽器が増えていく。

ほら、このへんさ、男の子でも女の子でも着れると思わない?
生命の気配が、日に日に、目に見える形で大きくなって。

アノチェセル 18k0

家ではいつもテルプがお腹に話しかけてくれて。 比較的まだつわりは軽い方だったが体調が悪い日は手伝ってくれたりもして。

うん! い、いいとおもう!この服! テルプとこうしてひとつひとつの準備を進めていくのは、輝くように楽しかった。
そのうちひとつの変化が現れる。 テルプの歌声に、お腹の子が反応するのだ。 ぐんにょりと、踊るように蠢いて。 ときには叩いたりもして。


て、テルプ、歌、歌って…! こ、この子、もう歌が楽しいこと、覚えてるよ…! 私達の子、だね…!
大きくなったお腹に話しかけて。 それから嬉しそうに彼女はテルプに笑いかけた。
心待ちにする日々はあっという間に過ぎていく。

アノチェセル 18k0

更に数ヶ月後
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十月十日(とつきとおか)が経った。 彼女の小さな身体に大きな命が膨らむ。いまかいまかと産まれそうな程に。 動くのもかなりキツくなってきて、孤児院から君鳥やアルバの手伝いを借りることも多くなってきた。 今日もそれを待っていると…。


…っ…!
いた…!
痛みに顔を歪めてしゃがみ込む。
…て、てる…ぷ…。

君鳥 18k0

そこに丁度君鳥が手伝いにやってきて。 アノチェセルの様子に慌てず冷静に対処していく。
…アノチェ、大丈夫ですよ。 私がついてますから。 貴方なら、大丈夫。

すでに用意されていた身の回りのものを持つと、 あっという間に馬車を手配して助産院へと向かっていった。 向かう際、テルプの職場に言伝を頼むことも忘れずに。

 18k0

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ずっと、手を握ってくれていた。
あの時、差し出された手。
私達を、救ってくれた手。

おばさんがフェリクスをお腹に宿していた時
「待ち望んだ」って言ってたの、私、今なら凄くわかるよ。

だって、本当に、会いたかったもの。
愛する人との子供と、同じように、愛してくれて。

ありがとう。

私も、同じように、愛する人との子供をこの手に…。

もうすぐ…。
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 18k0


大きな産声が、産院に響いた

テルプ・シコラ  1btg

ああ、歌が聞こえる。 はじめてこの世界にうまれた、それは喜びの歌だ。断言出来る。
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あ、あ、あ、のちぇーーーー!
やかましく入ってきて、おっといけないと声を落とす。
ねねね、ノチェ、だいじょぶ?
側に行こうとして、仕事着そのままであることに思い至って、とりあえず手を洗って。 ね、ねね、中、中入っていい?

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開けられた扉の隙間から、そっと、いつものアホ毛から先に覗く。
……ノチェ……。

アノチェセル 18k0

てる、ぷ…。
ベッドに彼女が横たわっている。 体力の消耗で疲弊しきった顔をしていたが、彼が来てくれて安心したのか、弱々しく微笑んで。

…女の子、だよ…。 …テルプに、そっくり…。 そっと、隣にいる、眠る赤ん坊をテルプに手渡した。
ね、私、頑張ったよ…。 ほめて、くれる?
ぽろぽろと、涙をこぼした。

赤ん坊 18k0

赤ん坊がすやすやと眠っている。 テルプが抱き上げると…

赤ん坊 18k0

ぱち、と目を開けて

赤ん坊 18k0

赤ん坊 18k0

いつもお腹に響いていた歌声の主ににっこり微笑んだ
まるで、知っていたかのように。

テルプ・シコラ  1btg

あ、ああ…、わぁ、…………。
おずおずと抱き上げたちいさないきものはまだ何だかふにゃふにゃしてて

……のちぇ…、のちぇ。 感極まって言葉が出てこない。
うごいてる。

──おつかれさま。すごい。……すっごくかわいいね。
ノチェ、よくがんばったねぇ…。 抱きしめて、キスしたいのに、両手の中にはちいさな子供が。 ……あぁそうか。テルプは、自分が守るべきものがひとつ増えたのだと、そう思った。

寄り添って、子供の顔をアノチェにも見えるようにして。 自分に笑いかける赤子に、小さな声で話しかけてみる。

……はじめまして。──とーちゃんだぞ。

アノチェセル 18k0

赤ん坊はにこにこと笑って手をのばす。 その小さな手が、父親と母親を求めるように。 えへへ…おかーさん…だよ…。
うん…。うん…。テルプ…あり、がとう…。
涙は留まることを知らずに、頬を流れ落ちる。
えへへ…。や、やっと、会えたよ…。 はじめまして…チャスカ…。

あ、あのね。 …ずっと、か、考えてたの。 お、男の子だったら、アリオンでね。 お、女の子だったらチャスカ…。

…どう、かな…。

テルプ・シコラ  1btg

チャスカ… チャスカ。何かの歌に、出てきたな…。──明星、だったっけ。 いい響き。ん、俺っちはすごく、好き。

ね、どう? 君の名前。チャスカ。 ──気に入った? 腕の中のちいさな生命に問いかけてみる。

チャスカ 18k0

キラキラと目を輝かせて。 コロコロと笑ってみせた。 まるでもう、自分の名前として認識したかのように。

アノチェセル 18k0

…き、気に入って、くれたみたい? えへへ…。チャスカ…。 私達の、子供…。星…だね…。
あ…テルプ…ご、ごめんね…。 チャスカを、こ、こっちに… アノチェセルが前を開けてチャスカに乳を吸わせると、一生懸命に飲み始める。
よ、よかった…飲んでくれてる…。 その様子に安堵すると、改めてテルプの方を向いて。

テルプ…。愛してる…。 …ありがとう…。
噛みしめるようにその言葉を告げるアノチェセルの顔は、出会った頃には想像もつかないほど、しっかりとした母親の顔だった。

テルプ・シコラ  1btg

わ、なんだこれ、いっしょまえに、こんなちっちゃいのに、ちゃあんと飲んでる。 すごいな。えらいぞー。強い子になれよー? まだ戸惑いが大きくて。それでも少しづつ、ちゃんと父親になって行くのだろう。 一足先に「親」の顔になったアノチェセルに、何だか神々しさまで感じながら…

ノチェ、本当に、ありがとう。 しあわせを、ありがとう。俺、……生まれてきて、君にあえて、よかったなぁ。 子供ごとアノチェセルを抱きしめて。……もちろんやさしく、やわらかく。

……あいしてる。ありがとう。ありがとう。

テルプ・シコラ  1btg

──ね、チャスカ。世界は、綺麗だよ。

ようこそ。よく来たね……。来てくれて、ありがと…、ね。

アノチェセル 18k0

わ、私も…。 わ、私を産んでくれた、人はわからなくても。 生まれてきて、よかった。あ、貴方に会えて、よかった…。
優しく包み込まれて。 こ、これからも、よろしく、ね…。
とんとん、と飲みながらお乳を叩くチャスカに気づいて。 もちろん、チャスカも…ね!
二人、涙を流して。 軽くキスを交わすとおでこをくっつけて微笑みあった。


新たな歌が生まれて、楽譜に刻まれていく。
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「ね、テルプ。写真、とろ?」
子供の成長を見計らって、彼女はそう誘う。 チャスカを中心に、寄り添って。

「そ、そのうち、この枠に収まりきらなくなるかもしれないね」
彼女は笑った。 彼も笑った。 子供も、笑った。

イラスト:とある孤児院より さま

出来上がった写真は各方面に挨拶として送ったという。

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