遠い未来の
第五期:未来を奏でる


二人の間に子供が生まれた。
名前はチャスカ。
夫によく似た褐色の肌と、赤い目、けれど飛び出た毛はどことなく妻を髣髴とさせる、可愛らしい女の子だ。
夫の歌を聞くとコロコロと笑う。
更に二人で歌えば泣き顔もピタリと止むのだ。
生まれながらにして音楽に親しまれた、愛する我が子。
子育てが大変でないと言ったら嘘になるけれど。
その大変さも、夫と支えあって日々を生きていると、頑張れる気がした。
生まれたばかりの子供の面倒は初めてではない。
孤児院で育ったからこその経験が、彼女を後押ししてくれていた。

仕事から我が家に帰ると、迎えてくれる笑顔がふたつになって、幾日かが経った。
赤子の相手など経験が無いテルプにとって、手際よく娘の世話をするアノチェセルには
尊敬の念を抱くほどであったのだが……
それでも、慣れないながらも見よう見まねで。
やっと首もすわって、怖れずに子供を抱けるようになった頃。

んくんく
無心でお乳を飲むチャスカを見て

美味しそうに飲むなぁ。
幸せそうにテルプがつぶやく。
ふと顔をあげ、首を傾げる。
どんな味すんの? 飲んでみていい?

…え?
えええええええ?!
思わず大声を上げてしまうのを片手で抑えて
あ、あんまり、おいしくないと、おもうよ…。
す、すくなくとも…牛乳と、ちがうと、お、おもう…し…。
うぅ…と言い訳をして。
流石に恥ずかしくて下を向くが、押されれば応えてくれそうな雰囲気だ

え、でもほら、チャスカはこんなに美味しそうに飲んでるもん。
なー、おいしいよなー? チャスカ?
\ウンオイシイヨ!/
チャスカの手を上に挙げるように持ち上げて、裏声で。
……ほら!
一体何がほら、なのか。
ね、ほら、ちょっとーーー ちょっとだけぇーーー

んーー しゅきー あのちぇかーちゃんだー しゅきー
ぐだぐだに甘えながら、赤子の横にお邪魔する形に。
…………甘い、ような。そうでもないような。
うん…? ほのかに味があるような、ないような。真面目に味を分析。
おなかがいっぱいになってうとうとし始めたチャスカを受け取って
ね、ね、がんばって寝かしつけるからさー、ね。
ちょっと久しぶりに、どう? 何てことを小さな声でささやいて。
チャスカが生まれてからは随分少なくなった2人の時間を
改めてゆっくりと、味わおうとでも思っているようだ。

も、もう!わ、私こんなおっきい子供、も、もったつもり、ないんだから…!
真っ赤になりながら窘めるも、全く彼は意に介していないようで。
一通り彼が満足したことに安堵していると思いもがけない誘いを受ける。
…チャスカを、ちゃんと、寝かしつけたら‥…だよ…。
す、少しでも起きちゃうようなら、そっち、いくからね…!
ふい、とそっぽを向いて呟くのは、きっと期待してしまっているからで
その後どうなったのかは、二人だけが知っている。
-------------

…あ!お、オルゴー!…いらっしゃい!
アノチェセルがドアを開けて出迎える。
…な、なんだか、凄く、久しぶりな気がする…。
に、妊娠してから、冒険は、さ、流石にやめちゃったから…。
ね、中に、入って…!
お話、聞きたいし、チャスカもね、お、オルゴーに会わせたいの…!ね?
そう言って中に促す。

うん…!た、大変なこともあるけど平気。だ、大丈夫だよ…!
し、心配してくれて、ありがとう!
い、いま、お茶淹れるね…!
オルゴーがチャスカと対面している間にキッチンで紅茶を淹れる準備をする。

リビングに小さな布団が敷かれていて。
チャスカはそこに寝かされていた。
ころころした小さな赤ん坊が手足をもぞもぞさせて転がっている。
オルゴーを見ても…知らない人を見ても物怖じせずに笑って。
ひとまずご機嫌のようだ。

か…かわいい……!リビングに入るなりその小さな姿にズギューンと射抜かれ
ちいさい…!手も足も頭もおめめも…ぴかぴかの新品だ…!ああ、かわいいなあ〜!!わ…笑ってる…人見知りとかしないのかい?
写真も見たけれど、実物はもっともっと可愛いね。そしてテルプ似だ、はは!!

えへへ…ありがとう。
テルプ似、だよね…!わ、私、それが嬉しくて。
うん。今のところ、他の人を見ても、こ、怖がったりしないよ。
ひ、人見知りしないのも、テルプに、似たのかな…。
あ、で、でもまだわからないのかも…。
やがてトレイに客人用のポットとカップ、
それから自分用の温かい飲み物が入ったカップを乗せて
リビングのテーブルに置いた。

うん…!嬉しい…!
…ち、小さいころのテルプってこうだったのかなって。
て、テルプの昔を、こ、子供ごと、愛してあげられるから…。
へへ、アルバね、すっごいデレデレだよ…!
お、おじさんやおばさんより喜んでくれたんだ…。

小さい頃のテルプかあ…何故だろう。会ったこと、ないのに…なんだか分かる気がするよ…。
懐かしそうに瞼を閉じて
ああやっぱりデレデレかい?!
伯父馬.鹿にならざるを得ないよな…大切な妹のかわいい子供、なんてさ…。
大きな包みからうさぎのパペットを一つ取り出して、転がっているチャスカに向かい合ってぴょこぴょこ動かす
はじめまして、チャスカ。俺の名前はオルゴーだよ。よろしく、ね。
……だ…だ…抱っことかしても……いいかな?

抱っこしたそうなオルゴーに
うん!もちろん!だ、抱いてあげて…!
はい…!
チャスカをそっと、オルゴーに渡した。
※ご自由にランダムダイスどうぞ。振らなくてもOKです
1.泣く 2.笑う 3.粗相をする(お漏らし、ミルク吐き出しなど)4.やがてうとうととして眠る

あっ あわわわわわわ?!どうしたんだいチャスカ?!
よ〜しよしよしよし……あ、耳が長くてこわい…とか?!
揺らしてあやしたり、フードを被ってみたりとあれこれ格闘するが…
………お…俺じゃだめだ…すまないお母さん、頼むよ…。
泣き止まないチャスカをこちらも泣きそうな顔でアノチェセルへと手渡した。無力だ

と、扉の外に人の気配。その足音に、アノチェセルが顔を上げてにっこりと笑うだろう。
扉が開かれると、家主がぴょこりと顔を出す。
たっだいまー! ノチェ! チャスカも元気そうだなぁ。
泣き声を聞いて、やはりデレデレとしたテルプの嬉しそうな声。
……あれ! オルゴーじゃん。ひさしぶりー。
なになに? チャスカ見に来てくれたん? かっわいいだろー?
おろおろとするオルゴーの手からチャスカを受け取る。随分と抱きなれた感じだ。
ん? どした? とーちゃんだぞ、ただいま。
ふぇふぇと声を上げる赤子のおでこにキスしながら。

て、テルプだ…!帰ってきた…!
その足音に気づくと、ぱぁ、と嬉しそうに笑って。
程なく扉が開かれる。
お、おかえりなさい!
えへへ、お、オルゴーが会いに来てくれたよ…!
すごく、懐かしくて、嬉しい…。
あ…えと、そ、そう、オルゴーに、チャスカを抱いてもらったんだけど、泣いちゃって…。

あー、泣くよなぁ最初は。
なんかさ、手を通して、こっちがビビってんの伝わるらしいぜ。
ま、チャスカは泣くのが仕事だもんなぁ。毎日忙しいんだぜ、こう見えても。なぁ?
けらけらと笑いながら
…チャスカ、このにーちゃんも、おうたうたうにーちゃんなんだぞ?
とーちゃんとかーちゃんの、おうたの友達だ。
お前がもう少し大きくなったら、一緒にうたおうな。

あ……テルプ!はは、お邪魔してるよ。
チャスカを泣かせてしまって……
とおろおろしている内にテルプに抱き上げられたチャスカは泣き止んで
………凄いな、テルプ。もうすっかりお父さん、なんだなあ…!

俺っちも最初はおっかなかったよ、ふにゃふにゃでさ……
アノチェに色々教わって、何とか、ね。
褒められて、まんざらでも無さそうな顔で
──そういやエルフって、すげー長生きなんだっけ?(エルフとダークエルフの差があまり分からない)
あんまぽこぽこ子供出来るとすげー大人数になっちゃいそうな気がしてたんだけど、
もしかして、オルゴーのとこでは、赤ちゃんって珍しい系?
ならば存分に触っていくがいいぞほれほれ。
ぷらぷらと持ち上げて、目の前に掲げている。

ああそうそう、珍しい系なんだよ…!人間はいいよな、こんな可愛い赤ん坊がちょくちょく見られて! ああ〜〜ぷにぷにほっぺ…うで…つやつやのかみのけとぴかぴかのおめめ……存分に触らせて貰う内に再びメロメロの境地へ

そ、そっかあ、え、エルフはあんまり子供は見られないんだね…。
…不思議だね、そ、それなのにエルフの子供時代を、ど、どこかで見た気がするよ…。
ね、い、いっぱい接してあげて!
お、オルゴーには…わ、私達の後も、こ、この子が大きくなっても、その後も見守ってて欲しいから。ね?チャスカ。

しばらく堪能していたが
…あ、いけない。チャスカにおみやげを持ってきたんだ。クランのみんなからも預かってるんだよ。
みんなでワイワイ押しかけたら、チャスカ、びっくりしちゃうんじゃないかなって、ジャンケンで代表を決めてね……俺が、勝ったんだよ と心底嬉しそうにチョキを握りしめている
まず、俺からはこのうさぎのパペット。プレーンからは…このふりふりの赤ちゃん服…だな? ギシからは積み木。上手く組み立てるとジェットで飛ぶらしい…積み木が飛ぶ必要あるのかな…。
袋からプレゼントをひょいひょいと出しては渡し、最後に鍋を取り出して
あと、良かったらこれ晩ごはんにでもしてくれって、プレーンが。中身はロールキャベツだってさ。

わ…!み、みんなで来てくれてもよかったのに…!
で、でも、気を遣ってくれてありがとう…!
…このお洋服、かわいい…。えへへ、つ、積み木もギシらしいね…!
お、オルゴー、パペット、もうチャスカのお気に入りになってるよ!
あぐあぐとパペットを口にしているチャスカがいる。
そして最後の鍋にはご飯の手間が楽になったと喜んだ。
わあ…!う、嬉しいよ!
へへ、今日はご飯の支度、そんなにしなくてよさそう…!さ、早速今日食べるね…!
ぷ、プレーンのご飯、懐かしい…。
お、落ち着いたら食べに行くって、つ、伝えてね。
ほ、本当に…ありがとう…。
テルプのぷらぷらされたチャスカは母親の腕の中へ。

おみやげ! ありがとー!
何、チャスカそんなにこの子気に入ったのか。良かったなぁほら、耳長さんだぞ。
プレーンはこーいうふりふりの服好きなのか。
積み木は、……何か俺っちが遊んじゃいそうだな。どーいう仕組みなんだろ。
もらったお土産をくるくると眺めながら
あ、飯、すっごく嬉しいなぁ。アノチェもゆっくりできるし…。
俺っちが作ると、こう、あんまり…、こう、味的に嬉しくない感じになるんだよな…。
ありがたくいただくね!

ふふふ、もう寝てる…この子がどんな大人になるか、本当に今から楽しみだな。
きっとこの子にも良い人ができて…子供ができて…
…そしたら君たちは今度はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだ。
眠り込んだチャスカに小さな声で
もう少し大きくなったら一緒に歌おう。チャスカ。
…もしかしたら、俺のほうが教えられる立場になってしまうかもしれないけれど。
なにせテルプとアノチェセルの子供だものな。…これから、よろしく頼むよ。

…うん…。
わ、私達にはまだ先のことだけど…。
き、きっとオルゴーにとっては、あっという間なのかも…。
えへへ、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんかあ…。
お、オルゴー、チャスカに教えられる年になる頃には、吟遊詩人になっててね…?
わ、私達がお祖父ちゃんお祖母ちゃんになっても、吟遊詩人になってなかったら、お、怒るよ?
彼女にしては珍しくちょっとからかうように笑って。

あ…はは、本当に、頑張らないとね…!
話しながら頂いていた紅茶を飲み干して
…さて、俺はそろそろいくよ。
2人の子供をこの目で見られて嬉しかった…!
アノチェセル、あまり無理はするなよ。テルプ、新しい仕事応援しているよ。
それじゃあ、ありがとう…!またな…!
寝てるチャスカに気遣って小声のまま、玄関でにこにこと手を振った

そ、そっか、もう行っちゃうんだね。
ちょっと、さ、寂しいけど…き、来てくれて本当に嬉しかったよ!
うん!だ、大丈夫!…テルプと、この子がいるもの…。
慈しむ母の顔と、夫を愛する妻の顔を宿して。
彼女は微笑んだ。
こ、こっちこそありがとう…!ま、またね…!
なるべくチャスカの顔を見せるようにして、オルゴーの姿が言えなくなるまで見送った。

──悠久の時を渡るミンストレル、か。
俺達よりたくさんの歌を知って、……歌っていくんだな。俺っちの行けない遠くまで。
楽しみにしてるよ、胸を張って、自信を持って歌う貴方の歌を。
そっと手を振って、アノチェの横に立って同じように見送った。
--------------------
もしものとおいみらいのはなし

老婆は声に気付くとにっこりと笑って、腕につけられた小さな鈴を揺らす。 その鈴は錆びてしまって音は鳴らない。 同じ腕に、経年劣化で皮はボロボロだが、宝石の輝きはそのままな、ブレスレットが光る。
------------

ここは祖父の生まれ故郷らしい。
少女はにわかには信じ難かった。
転がっている鐘のようなものが、わずかにその証拠を残すのみで。
家屋というものはなく、土は荒れ果てていたからだ。
祖父と祖母の遺言には、自分たちが亡くなったら一緒に骨をこの村に持って行ってほしいとあった。
「一緒に」だ。お陰で祖父の骨は墓に埋められることもなく何年も骨壷に放置という可哀想なことになってしまった。

渡された手紙には村への地図もあった。 冒険者でもある彼女はその場所がとても一人では困難な場所であることを察し、どうしようかと悩んでいたところ、ダークエルフの青年から同行の申し入れがあったのだ。

それがいまキョロキョロと周りを見渡している彼、オルゴーである。
彼は祖父と祖母が結婚する前からの友人らしい。
確かに、写真をみれば若かりし頃の祖父と祖母、それから数人の吟遊詩人の仲間とともに、彼もいた。少女はそれを確認すると、彼ともう一人、おじいちゃん子であった、いとこと共に、この村に行くことを決めたのだ。

「まさかこんなきっつい場所にあるなんて…。お祖父ちゃんの故郷の人ってマゾなの?」
そんなことをぼやきつつ、荷物から骨壷をふたつ、取り出す。
どこに埋めたらいいのだろうかと思案していると、いとこから手招きをされる。

「なあ、音が、きこえない?」
そう、いとこが指差した先は、暗い穴蔵だ。
なんだか熱気がむわっとしている。
中に入って進んでいけば、その理由がわかった。
蠢く赤い大地。マグマの熱だ。
「ここに、持っていけって、ことなのかな…」

イラスト:かげつき

***
…のちぇ
まばゆい光の中で、目覚めた老婆はみるみるうちに若返り少女の姿になる。
声の先を見やれば、同じように青年の姿まで若返った愛する夫がいて。
テルプ…!
ボロボロと涙を流して。
抱きしめて、口付けをして。
会いたかった…。
また、いっしょ、だね。
彼の手が頬を、髪を撫でる。
その感覚全てが、心地良い。
ん…いこう、ノチェ。
彼が妻の手を取ると、光の先へ。
…うん!

***
「…のちぇ、ノチェ!」
「…あ、あれ?」
「どしたん、涙ボロボロ流して」
「あ、あれ…ゆ、ゆめ?」
「悪い夢でも、みた?」
「…う、ううん、いい夢、だったよ。…て、テルプ」
「ん?」
「…愛してる…!だいすき…だよ…!」
========

……うん。あいしてる。ずっとずっと、ずーーっと。
言わなくても分かるだろ、なんて、俺っちやだよ。
ずっとずっと、聞かせてね。
ずっとずっと、歌うから。ね。