ふたりのものがたり

第五期:未来を奏でる

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テルプとアノチェセルの、幸せな日々
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天野の引き起こした大騒動がなんとか無事に、終りを迎えて、 後処理に駆け回る赤坂、どこかに身を隠した天野を他所に。

テルプはアノチェセルと思う存分、平穏で幸せな日々を過ごしていた。

ゾンサバイベント運営中にとある孤児院よりさんがSS方式で書いてくださってたものがメインです…! 当時動けなかった分イラスト付けてみた! よ!

紫紺の幕がゆっくりと下りて辺りを優しく包む。 ぽつりと灯った小さい明かりと、温かな匂い。 キッチンに立つ少女の左手には約束の指輪。 例え時が巡って戻っても、変わらぬ契り。

新しい住処で新たな生活を始めた新婚二人の日常が、其処にある。

アノチェセルが夕餉の準備を終えようとした頃、玄関の外から気配を感じた。 トレードマークがなくても、ひたひたと地面を駆ける音で、彼女はわかる。 いそいで駆けつけて、夫が扉を開けると同時に

「お、おかえりなさい…!」
と抱きついた。 それから慌てて玄関口にあるたらいと、お湯が入っているポットを指差して。

「あ…!えと、つ、疲れてるでしょう?あ、上がる前に、足、洗ったげるね…!」

そう言って、脇の簡易椅子へと促す。 彼女は跪いて夫の足を、ぬるま湯にそっと浸してやる。

「…わ、私ね…。ま、前から、テルプが裸足なの、気になってたの…。 き、きっと、テルプにとっては、そ、その方が、大地を感じられるのかもしれないけど…。 で、でも、大地だって、痛かったり、汚れてたり、して。 …テルプを、き、傷付けちゃうじゃない? …労われたらって、思ってたの…。」

ちゃぷん、と気持ちのよさそうな音を立てて、撫でる様に。 ついた泥を落としながら、彼女はぽつりぽつりと呟いた。
「だ、だから、わ、私、結婚したら…こうしてあげたかった。 …私の、ちょっとした、夢だったんだ…。 へへ…、ひとつ、叶ったね…!はい、おしまい!」

用意していたタオルで優しく拭いて。 それから立ち上がって微笑む。

「あ、改めて、おかえりなさい!テルプ!」
手を引くとキッチンへ促して。
「あ、あのね!もうご飯できてるよ!きょ、今日はね…シチューとね…!あと…」

大好きな人とおんなじご飯を一緒に食べる幸せを、彼女は知っているから。 またひとつ、幸せをはんぶんこするのだ。

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イラスト:かげつき

アノチェセルは孤児院に来たばかりの頃、一人では眠れなかった。 常に、兄であるアルバが隣に居なければべそをかいて起き上がって、それを見掛けたフォウや君鳥が落ち着くまで抱いてやる。 そんな日々が、長いこと続いた。 彼女が一人でも眠れるようになったのは孤児院が…養父母が安心できる存在だと認識してから。 そして、君鳥に新たな命が宿ってからである。

「産まれてくる子ばかり、愛情を注ぎはしないか…。孤児院の子供達と同じように愛せるのか…。待ち望んだ子だから、不安なんです」
そう、誰かに打ち明けたときを、幼い双子はぼんやりと聞いていたのを覚えている。
「…この子の、おにいちゃんと、おねえちゃんになってくれる?」

そう、君鳥から託された願いをきいて、産まれてくる兄弟の為にと決意したのだ。 その、小さな体で。

そんな夢を思い出しながら、彼女は眠りから僅かに引き上げられる。

隣に温もりを感じて。 穏やかな寝息に顔を綻ばせる。
(……嬉しい、な…)
すりすりと身体を擦り寄せて、彼女はもう一眠りとシーツの海へ。

ひとりで眠るのが怖かった、小さな女の子が手に入れた、ささやかな、喜び。 いつか、 もう一人増えることを、夢見て。

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イラスト:かげつき

庭に洗濯物が干されている。
ちょっとくたびれた夫の服は、どれだけ丁寧に洗っても元通りになるわけではない。 それは彼の生き様にも通じるものがあるかもしれないけれど、それでも居住いを正すかのように風になびくその服に、彼を重ねて。
隣には彼女の服が並ぶ。同じように、はためいて。 洗濯物を干し終えて、見上げた彼女は満足そうに微笑んだのだった。

後から夫に、彼女の下着だけは中に干して欲しいと頼まれたのは別のお話。
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まだ夜も明けきらぬ暁の時、彼女は目を覚ます。 彼女は君鳥やフォウが行方不明だった頃、こうして毎朝早く起きて子供達の分の朝食を作っていた。 冒険に出ている時はシスターや近所の人に頼んでいたが、それ以外の食事は全て彼女の仕事だ。 人数もいるので、日も昇らぬうちから彼女は起きてきて、いつも仕込んでいた。

君鳥も行方不明になる前は、子供達にひもじい思いは絶対させたくないと、一生懸命キッチンに立って食事を作っていたのだが、それを間近で見ていたアノチェセルも、自然とそれを真似るようになったのだ。 いわば、これは彼女の癖のようなもので。

もう、そんなに早起きをする必要はないのだけれど、目が覚めてしまったのは仕方がないと、そっと寝床を抜け出す。 隣で気持ちよさそうに寝ている夫を、起こさないように。

いつも手際よく作るのを、今日は丁寧に、豪華に。 じっくりとカリカリにベーコンを焼いて、 半分はシーザーサラダに、もう半分はオムレツの具に。 それからふわふわのパンケーキを、直ぐに焼けるように準備だけして。 彼は果物が好きだからと、オレンジやグレープフルーツを食べやすいように剥いてやる。

…お茶の準備まで済ませてもまだ時間に余裕があるのを確認すると、彼女はチョコレートドリンクを淹れた。 彼のいた…かげつきのクランで、いつも飲んでいた事を思い出して、 懐かしさを感じながらひとくち。
肌寒くなってきた朝方に、甘く温かいチョコレートは彼女の心も身体も温めてくれた。

寝所からかたん、と音がする。起きてきたのだろうか。 テーブルにカップを置くと同時にキッチンの入り口から愛しい人が顔を出してきて。

「お、おはよう、てる…ぷ?」
ふわりと抱き締められる。 起き抜けの彼の身体は体温が上がっていて、心地いい。 首筋に顔を埋めて、抱き締め返す。

「あ、朝ごはん、あと、焼くだけだから…えと、も、もうちょっとま…っ…」
次の句は口付けの向こう側に消えていった。 唇が離れるとはにかんで。

「えへへ…だいすき。ね、ねえ、テルプ、い、いっしょにつくる?」
生地の入ったボウルを持ち出して。一緒に作ろうと誘った。 …その日の朝は不恰好なパンケーキが並んだという。

イラスト:かげつき

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夕日が沈んで、世界が紫色に染まっていく。

久々に遠出して、随分遅くなってしまった。 花売りから買った花束を手に、帰り道を急ぐ。

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子供のころ。 ぽつりぽつりと、明かりが灯る街を歩くと、何故か寂しい気持ちになった。 窓の中には幸福な世界があって、それは自分には手が届かないものなのだと。

今、こうやって速足で向かう先は、……「帰る」先は。 小さいけれど、暖かくて、最高に幸せな場所で。 家の中からは、夕食のいい香り。

何故か扉の前で、ほんの少しだけ躊躇する。 いいのかな、と。 そう呟く幼い俺の声は、しかし幸せそうに、微笑んでいるようだった。

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「ただいま!」
扉を開けるのと同時に、目の前に彼女の笑顔。 口に出さずとも分かる、ずっと待っていてくれた事。 そして俺は、この言葉の意味を、噛みしめるのだ。

さて、このお土産を、彼女は喜んでくれるだろうか。

イラスト:かげつき

「て、テルプ…お、お願いがあるの…」
上目遣いで上気した頬、もしかしたら彼は勘違いしてしまうかもしれない。 しかしその次に出た言葉は

「あ、頭…洗わせて…」 だった。

彼は元々風呂が嫌いだった、特に髪を洗うのを嫌がった。 その理由は自分にかけていた催眠術を…自分を騙し続ける触媒であった、トレードマークである鈴を取るのが嫌だったからだ。 それを付き合い始める前からなんとなく肌で感じていたものの、鈴をとるのが嫌だということしかわからず、真意を彼から聞いたのは大分後になってからだったと思う。

忘れたい過去を乗り越えて、受け入れた今の彼にはもう、鈴は必要がなくなった。 そして風呂に入りたくない理由もなくなったわけで。

アノチェセルはその幸せをいつも噛み締めたくて、こうして洗わせて欲しいとお願いするのだ。 一緒にお風呂に入るときに。

「か、かゆいところ、ない?い、いたくない?」

浴室にて、いまだ情事以外で裸になるのを恥ずかしがる彼女はタオルを身体に巻いて、夫の背後に回ると洗浄剤を泡立てて。 丁寧に優しくマッサージするように彼の頭髪を洗ってあげる。 長い髪を指で梳いて。いとおしそうに。

「…思い出すね…、わ、私が石鹸差し入れたとき、あ、天野、さん、に無理やりたらいに座らされて、わ、私が洗ったんだよね…。あ、あの時の、テルプにしてみれば、災難だったけどね、わ、私は少し嬉しかったんだ」

嫌だった事を、自分に任せてもらえればまだマシだと思ってくれたことが、彼女は嬉しかったのだ。その頃にはもう、彼女の恋心は止められなくなっていた。そう、今なら確信できる。

「て、テルプの髪、やっぱり、素敵だよ…。わ、私の赤毛とも、おじさんの赤毛とも違う、大地の色…。…き、綺麗にしてあげられるの、嬉しい」

感慨深げに頭を洗い終えて「目、瞑っててね」と一言断りを入れるとお湯で洗い流した。
「はい!おしまい!あ、あとは体自分であらえ…え?え?な、なに?わ、私はだいじょう…ひゃうっ!!や、まって…!」

どうやら洗いっこを提案されたようで、断れるはずもない。断れるわけもない。

「わ、わかった……うう、ちゃんと、洗ってね?」

はらり、巻いていたタオルが落ちる。 無事に洗い終えて風呂を上がれたかどうかは定かではない。

イラスト:かげつき

結婚してからも、彼女は吟遊詩人として依頼がくれば仕事をしている。 彼女自身が営業に出向くこともないのに、コンスタントに依頼がくるのは、 彼女の真面目な仕事ぶりと、美しい歌声が評判だと、クチコミで広がっているらしい。 彼女はできるだけ、その依頼にテルプも一緒にお願いしたいと頼んでいる。 もちろん、可能な限り。

嘘の歌を歌い続けた彼は、本当を取り戻して。 「待っていて」と言った。 アノチェセルの所に今度は向かうからと。

それに対してアノチェセルは「待たない」と言った。 「一緒に、行く」と。

その言葉どおり、彼女は一緒に歌おうと誘う。どこへ、いくにも。 それは単に約束のためだけでない。 夫と、歌うことが何よりも楽しくて、大好きだから。 彼と歌った仕事は概ね、当初の依頼よりも好評らしい。それを彼女は嬉しく、思う。 自分だけが評価されるより、ずっと。

「テルプ!一緒に、うた、歌お?」

今日も二人で。 終わりのない楽譜にまたひとつ、刻んで。

イラスト:かげつき

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夫婦になって初めての誕生日のために作った髪飾り。
ちょうど良い石が手に入ったのだ。綺麗に星の形に輝く石。

「あなたは私の一番星」と そう評されるのは照れくさいものだと思う。 妻の大好きな鳥と星のイメージで、と意気込んでは見たものの、 慣れぬ「生き物モチーフ」に頭を悩ませながら出来上がったものは。

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ちいさな鳥は、小さな星をつかまえた。 ずっと遠くにあったのに今は何よりもそばにある。 それは彼女が小さな羽根でどこまでも、飛んだから。 鳥が歌うたびに、星は嬉しそうに、ゆれるのだ。

「お、おかえりなさい!テルプ!す、座って!」

帰ってくるなり彼女は夫をキッチンに促すとテーブルいっぱいにごちそうが並んでいて。真ん中には大きなホールケーキ。 彼の好きなチョコレートと、果物…このケーキに合うようにオレンジの輪切りが乗っている。

「…い、今まで、持っていける大きさしか、つ、作れなかったから…。 こ、今年から、沢山、ご馳走、作れるね。おっきなケーキも、つくれるね!」
そう言って笑う彼女の髪には夫から贈られた髪飾りが光る。 きらきらと、星が揺れた。

「……テルプ、はい、これ」

彼女は彼にプレゼントを渡す。 それは色とりどりの水玉が散りばめられたバンダナ。 まるで彼のトレードマークを表しているかのような。

「……テルプを、い、生かしてくれた、もの、だから…。 お、お仕事のとき、とか。 よ、良ければ、使って…。 …テルプ、お誕生日、おめでとう! …う、生まれてきたこと、生きて、くれたこと。 わ、私、嬉しい。…ありがとう……!」

心のそこから、彼に祝福をして。 そっと口づけを交わす。


…それにしてもご馳走が多すぎるような気がするかもしれない。 その疑問はその後の呼び鈴で明らかになる。

「おっす!誕生日おめでと!テルプ!」
「おめでとうございます、テルプさん、これ、留守番しているフォウからですよ」
賑やかに、お祝いの夜は更けていく。

イラスト:かげつき

次のお祝いのときには、家族がもう一人、増えていることだろう。