少女のむかしばなし 後
第四期:過去から重ねたもの
アノチェセル、冒険者になる。
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俺さ…、幻術、使えてよかった…。
口元を手で押さえて、今にもむせび泣きそうな
普通ならば絶対、聞くことの出来ない、幼いころのアノチェの歌を…聞けるなんて。
ああ、綺麗だ。きれいな声だね。
そんで、この時の純粋な音を持ったまま、より磨き輝いた今のアノチェの歌がここにあって。
あぁ、今俺っちすごくしあわせ…。
感動に震えつつ、しかしこの物語の続きが気になって、幻へと視線をを戻した。
お、大げさだよ…!
で、でも、テルプに見せる事ができて、よかった…。
これが、私の歌に触れた、きっかけだよ…。テルプ…。
あ、あとでスワロウおじさんから聞いたんだけど…。
スワロウおじさんと、おばさん、い、異母兄妹なんだって。
で、でもおばさんは、自分にお兄さんがいること、覚えてない感じだった。
で、でも、スワロウおじさんが泣きながらおばさんに抱きついてて…。
す、凄く探してて、凄く、会いたかったんだなっていうのは、わかったの。
そ、そのあとね、フォウおじさんが物凄い形相で走ってきたんだ…。
くすくすと笑って
…あ、まだ、幻続くんだ…。
これで終わりだと思ったらしいが、幻はまだ消えずに風景が変わっていく。
大丈夫だよ、なんかあったら頼るし。それに…。
君鳥のスカートをつかんで見上げるフォウと君鳥の子供を見詰め。
早く一人前になりたいんだ。
とてとてと寂しそうに歩み寄る幼い子供の頭を優しく撫でて。孤児院を後にする。
とてとてと二人歩いて。
向かう先はセリオンだ。
俺、早く騎士として修行したいって思ってたけど…。
まさかお前の師匠のところに厄介になるとは思わなかったな。
まさかスワロウのおっさんが貴族の当主だなんてさー…。
う、うん…!
おじさん、もう旅には出られないけど、家で教えることは出来るからって。
き、貴族なら護衛の騎士専属で持ってるんじゃないかって…あ、アルバをお願いして…!
へへ、言ってみてよかった。
別にいいよ、俺も修行が区切りついたし。
おじさん達に顔見せするならさ、二人一緒の方がいいだろ?…ほら、着いた!
孤児院の玄関前に着くと誇らしげに扉を叩く。
自分達の成長ぶりをみて、喜んでくれる養父母の姿を想像して…。
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ふっ…と幻が揺らいで。
これで終わりなのだろうかと彼女が問いかけようとしたその時。
がくり、とアノチェセルの意識が落ちた。
するとアノチェセルだけではない、誰かの思念体の意思がそこに絡んでいる事に気付くだろうか。
この思念体は本体を離れて暫くは彼女に留まっていたらしい。
だがもう直ぐ消えてしまうだろう。
思念体は語りかける。
この幻を通して。
願わくば、この軌跡を貴方の記憶に留めて置いてくれれば嬉しい。
この幻をあらゆる目で見たもの、全てに。
孤児院の主である騎士フォウと聖職者君鳥が倒れていた。
フォウは君鳥を庇うように抱きかかえて激しい傷を負っている。
鎧はボロボロに壊れ、その隙間から噴出す赤は大地を赤く染めていく。
君鳥の方もフォウほどではないが傷を負っていた。
息も絶え絶えであったが、見知った顔を視界の端に捉えると微かに唇を動かす。
ざわざわと風が囁いて、その音に目を覚ます。
ここは…。わたしは…だれ…
少女は平野に一人立っていた。
自分がなぜここに立っているのか、どうやって此処にここに来たかもわからず。
名前すらも思い出せない。
ただ、足だけは確実にどこかに…彼女の意思と関係なく向かっている。
揺れる木の葉が目の前を掠めて、その鮮やかな緑に名前を付けられたような気がした。
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そこでゆっくりと景色が薄らぐ。
一つの葉は大樹の一部として。
すぅ、と何かの意思が消えていく。
ページは此処までのようだ。
意識が落ちたアノチェセルも揺り起こせば目を覚ますだろう。
イラスト:かげつき
突然崩れ落ちたアノチェをしっかりと抱いて、繰り広げられる誰かの、記憶を、ただ眺めていた。
目まぐるしく視点が変わり、時折ぐるりと風景が回って。
…………あ、あれ、は。
もう随分前になる、けれど俺はあのヒトを知っている。
……ね、ね、待って…!
終わってしまう幻に、思わず声を上げるが…。
先程まで、そこに確かに感じた何かの気配は、幻とともに消えてしまった。
しばし呆然と、したその後に、顔を上げ。
──催眠、解かなきゃ。
随分深く降りたはず。眠ったままの彼女をゆっくりと、「上」へと連れ戻さなければ。
これが「残る」と、あまりよくないのだ。テルプは「解除」の儀式をはじめる。
……ノチェ、そのまま、眠ったままでいいから聞いて?
目の前に、階段がある。そう、さっき降りてきた、階段。ゆっくり、登っていこう。
大丈夫、俺が、手を引くから、ね。しっかりと、手を握る。
ふわふわ、きもちよかったけど、ね、10数えたら、すっきり目が覚めるよ。
さわやかな朝みたいに、ここちよく、閉じた目が、開くからね。
── ……2、1、……ゼロ。
さ、おはよう、アノチェ?
催眠の途中で意識が落ちたのが少し心配で、目を開けるまで、彼女の顔をじっと見つめている。
…んぅ…。
…あ、あれ…。わ、私寝ちゃってたの?
意識を失った事には気付いてないようだ。
…あ、風景が戻ってる…。
お、終わったんだね…。
ご、ごめんね…。み、見せたいって言ったのに、わ、私の方が寝ちゃったら失礼、だよね…。
心配そうに見詰める彼の顔を見詰め返して。
…てる、ぷ?
どうか、したの…?
握られた手をもう片方の手で重ねて、首を傾げた。
……大丈夫。催眠術さ、結構気持ちよくなって、寝ちゃう人多いよ?
その上にまた、手を重ねる。
先ほどの幻を…どのように伝えれば良いのか思案して。
ねねね、あのさ、アノチェは…、覚えてない?
昔、君たちの孤児院にいた、……確か、初めて出会った頃の。
ざわざわと、木の葉が揺れる光景が。
葉…葉……。一葉……。そんな名前だった。
君が、『死んだ』事を俺に伝えてくれた、彼女の事。
そうだ、どうして忘れていたんだろう。
おそらくアノチェの記憶を消してしまった時に、一緒に?
…覚えてる…。て、いうより…思い出した…の。
お、おばさんを探しにいって、見つけた…時に…。
あ、あのね、お、おばさんを育てた人…。
あ、亜鳥さんっていうんだけど、その人がね…。
お、おばさんは、思念体を作る事ができる血の持ち主なんだって、言ってた。
だ、だから、一葉が、その、思念体なんだって、わ、私とアルバは思ってるの。
で、でも…。
一葉のこと聞いても覚えてる人、い、いなくて…。
て、テルプ、思い出したの?
思念体を、作る…。なるほど…、な。
あのね、今、彼女を見たよ。ノチェの、側に…ずっといたように感じた。
「あの子たちを、守って」って。
意識を失くしてなお、想いの力で、守ってたのか。……すごい、絆だ。
母は強いとでもいうのか。感慨深く。
──彼女は…消えてしまったように見えた。もう役目を終えたんだろうか。
みんなの側に帰ってきたから、もう、大丈夫だって…。
何となく、それだけではないように感じた。
そ、そうなの?! …そっか…。 うん…。 き、きっとおばさんたちが戻ってきたから、大丈夫だと感じたんだよ。 こ、こんな風に思ってくれるの、ほ、本当の親子だって、きっと中々ないって…そう、思う…。
あのね。俺、ノチェの側にいるよ。 強くなんてないけど、俺のやり方で、ノチェを守るよ。 ……おばさんは。一葉さんは。安心してくれるかな。 ぎゅう、と、強く強く彼女を抱きしめたくて。手を伸ばした。
て、テルプ…。
わ、私、テルプのこと、全部好きだけど…う、歌と音楽してるときが、一番好き。
わ、私にとって、音楽が…て、テルプと一緒に歌えることは、強さより、大事だよ…。
お、おばんさんも言ってたじゃない、わ、私を笑顔にしてくれるテルプに任せるって。
だ、だから大丈夫だよ。
…そ、それにね、テルプは、つ、強くなってるって、思う。
だ、だって、私が「死んだ」時、ちゃんと思い出してくれたよ。
わ、私がテルプの事を好きって気付いて、わ、私が逃げちゃったときも、ちゃんと来てくれたよ。
あ、アルバとぶつかってた時も、け、喧嘩しちゃった今日だって…。
も、もう、十分すぎるぐらい、わたしの思いに応えてくれてるよ…。
テルプ…ありがとう。
私と、い、一緒にいてくれて、ありがと…!
わ、私も側にいるよ…!て、テルプが笑顔で居られるように…!
いっぱい、歌うんだ…!
伸ばされた手の中に、彼の胸に飛び込んで。
彼の心臓に、心に、直接語りかけるように。
だいすき…!
……すき。
ぎゅう、と、しっかりと抱きしめて。
あいしてる。
何度も口にした言葉だけれど、この言葉の本当の意味を、俺は分かっていたのだろうか。彼女と触れ合えば触れ合うほど、その意味はより深く、確かになっていくのだ。果ての無いほどに。
抱き締められて、直接伝わる体温と、鼓動音に、目を閉じる。
精一杯、感じるために。
たった一つの…拙い恋心が深く深く、これほどまでに愛おしくなるなどと、
出会った頃の彼女にも、思いが通じたばかりの彼女にも、きっと想像できなかっただろう。
…うん…。
あいしてる…よ…。
──ね。俺の村、行こう。
胸に彼女を抱いたまま、語りかけた。
俺の生まれた村、ノチェに、見てほしい。
すごく、マジで大変な旅だけど。……一緒に、来て?
行きたい…。
て、テルプの、生まれた村に。
た、大変だなんて…。
本当にそうだとしても、テルプと一緒だもん…。
そ、そうだ、う、歌、うたってこ!す、涼しい歌がいいかなあ…。
そんなことを呟いて
一緒に、いこうね…!
テルプの頬に軽く口付けをすると
えへへ…!
無邪気に笑った。
挨拶してその日に…朝帰りで。その後すぐに旅行の計画、かぁ…。
いっぱい頭下げなきゃな…、と困ったように、しかし嬉しそうに。
そこに何が待っているのか。彼自身も忘れてしまった、彼の故郷へと、手を取って。