ごあいさつ
第四期:過去から重ねたもの
世界中に知らせたい! 君を愛している事を!
あ、あのね、ま、前に話していた…人…。
連れてきたよ…。
お、遅くなっちゃってごめんね。
あ、あの…この人が…大切な人…。
テルプっていうの…。
アノチェは、もじもじと恥ずかしそうに告げた。
フォウの反応が気になるのか俯く事もせず、顔を赤くして。
ああ…貴方が…。
にこり、と金の瞳が微笑むも、少し驚きでその色はたゆたっているようにも見えた。
ふわふわとしたサイドの赤毛が揺れる。
初めまして。
私はフォウ。フォウ・コテーウィルだ。
アノチェがよく話しているのをいつも聞いているよ。
ようやく会えて嬉しく思う。
フォウは右手を差し出して握手を求めた。
その手は傷だらけで、袖をまくった腕にも大きな傷がいくつも出来ている。
あ、えと、テルプ・シコラ。…です。
差し出された手に、慌てて右手を服やら腰布やらでごしごしと。
汚れを取っているのか付けているのか分からぬが、それから握手に応じる。
フォウ。貴方の事もよく聞いてるよ。特にアルバから。
好きで好きで、仕方ないみたいだね、ここの主が。
へぇ、想像通り、すごく強そうだ。──よろしくね♪
力強く大きな手に、笑顔を返して。
君鳥も呼んだほうがいいかな?
アノチェがこくりと頷いた。
わかった、此処ではなんだろう、応接間に行っていなさい、君鳥はきっと礼拝堂だ。
呼んでこよう。
そう言うと「また後で」と片手を上げて下に降りていった。
なんかさー。勝手にこう、超こわい親父みたいなの想像してた。
交際など、ゆるっさーーーん!! みたいなの。
つよそう、だけ当たってた。優しそうな人だねぇ。
そういいつつも、内に潜む威圧感に気圧されてもいるのだが。
うん!優しくて強いよ!
い、いつも守ってくれたおばさんを、守り続けてくれている人だよ。
アルバは、いっつもその背中を追っかけてるの。
いつか、その背を、アルバが越えられたらいいなって、わ、私は思ってるんだ…。
そ、それじゃ下、いこうか…。
階段を降りて応接間のソファに座る。
後からフォウも入ってきて、更に数分後に話を聞いた君鳥がティーポットと人数分のカップをトレイに載せて部屋に入ってきた。
一通りお茶のもてなしを終えると改めてフォウが自己紹介をし、続いて君鳥がテルプに話しかける。
こんにちは、テルプさん。
初めまして…な気がしませんね?
君鳥と申します。
今日は来て下さってありがとうございます。
お会いできて嬉しいです。
にこり、と微笑んで。
少し、アノチェに笑い方は似ているかもしれない。
…………。君鳥さん、か。よろしく。
じっと君鳥さんの顔を見る。確かに何処かで見たような、気が、しなくも。
しかし彼には、人の顔と名前をあまりしっかり記憶に残さぬ癖がある。
もやもやと記憶の霧の中にしか、その姿は見出だせず。
えっとね、写真を、見せてもらったよ。ふたりで、写ってるやつ。
その時も、アノチェに似てるなって思ったんだけど、やっぱり似てるよ。
ホントのかーちゃんみたいだ。
──えっと、その、アノチェのホントのとーちゃんかーちゃんとして。
ちゃんと挨拶しておこうって思って。──ちょっと遅くなっちゃったけど。
落ち着きなく目を泳がせたり頬を掻いたりしていたが。
随分前から、親しく、付き合ってるんだけど、
俺ね、アノチェと、結婚したいって思ってるんだ。
仕事も、ちょっとだけ、うまく行きそうで……
巡りの度に「白紙に戻される」ので、よい販路の確保が難しいらしい。
最終的にはループから外れた……巡りの前の記憶を残す人間の力を借りることになるのだろうか。
将来の見通しとかまだまだ甘いのかもしれないけど、
アノチェとずっと一緒にいたいってのは、確かな気持ちなんだ。
貴方たちが、そしてアルバが、大切に、強く優しく育ててくれた彼女、だけど。
俺、おなじくらい、もっと、大切にするよ。
──だから、その。信頼に足る人間、って、認めてもらう様に、頑張るから。
祝福、してくれば、嬉しい。……んだけど。
真剣な顔で一息にそう言うが、最後は少しおずおずと、見上げるように表情を伺う。
ええ、アノチェから話は聞いています。
……。
もう、貴方は知っているかもしれませんが…。
アルバとアノチェは、犯罪組織から匿った子です。
沢山の「友達」を…人身売買をする…そんな、組織。
…私もね、其処にいたんです。
…放っておける訳、ありませんでした…。
この子達は私が守ると誓って、本来なら孤児院の子供は等しく接しなければならないのに…。
異例の「養子」として迎え入れたんです。
ふふ、昔話してごめんなさいね。
色々思い出してしまって…。
君鳥が俯いて見詰めた先は、カップの中身ではなく、もっと昔の…。
二人共…冒険者登録するまで、友達らしい友達はいなかったんですよ?
孤児院の子供達は友達と言うより兄弟でしたし…。
私はもしかしたら、心のどこかで…アルバも、アノチェも、友達を作る事を「罪」と思っているのではないか…。
そう、心配した事もありました。
それが…沢山のお友達が出来て…。
吟遊詩人の友達ができたんだよと、そう話すアノチェはとても嬉しそうで…。
特に、貴方の事は本当に幸せそうに話すんです。
…あんなにアノチェを笑顔に出来る貴方に…私達はお任せしようと思います。
…アノチェを、どうか、よろしくおねがいしますね。
うん…昔の話は、だいたい聞いてるよ……。
君鳥さんの言葉を、ひとつひとつ頷きながら静かに聞いて。
俺も、アノチェにはいっぱい笑顔を貰ってるんだ。
彼女に出会う前の俺は…、楽しくて笑ってても、何か、なんだろ。
どこか嘘みたいな気がしてて。
けどね、アノチェにもらう笑顔は、幸せ。すごく、しあわせ。
そして、そんな俺がアノチェを、笑顔に出来ているなら、最高だ。
喜びを噛みしめるように目を閉じ。
これからもずっと、一緒に。幸せを紡いでいけたらと、思う。
もっとたくさんの、アノチェの笑顔をみせてあげるよ!
もちろんいっぱい助けてもらう事もあるかも、しれないけど。
えっと。……よろしく、おねがいします。
深く、頭を下げた。アホ毛だけがぴょこんと踊る。
じっと、金の瞳がテルプの目を見つめている。
その言葉に偽りが無いかを見抜くような…。
やがてフ…と微笑んで。
こちらこそ、よろしく頼む。
君がアノチェの夫になるのなら、私達にとっても家族のようなものだ。
なにかあれば私達を頼るといい。いつでも君を歓迎しよう。
3人のやり取りを側で聞いていたアノチェは、胸がいっぱいになって目を細めた。 昔の自分の話や、君鳥の思いを聞いて少し気恥ずかしかったのか最初は照れて俯いていたものの、こうしてテルプを認めてもらった事が何より嬉しいのか、今はにんまりしている。
あー、俺っちのところはかーちゃんだけ、なんだけど。
病気で、こっちには出てこれそうも無くて
──挨拶…。とかちょっと難しい…かも…。村の決まり事とか、色々厳しいトコでさ。
歯切れの悪さを感じるかもしれない、そんな態度。
すげー、その…貧しい村で。俺っちずっと仕送りとかしてるんだ。
んだから、その分アノチェには苦労、かけちゃうかも。
それ以上、稼げれば、問題ないんだけどね。ま、頑張ってるよ。
一度はね。アノチェと一緒に行こうと思ってる。
かーちゃんに嫁さんの顔、見せてやりたいから。
砂漠を越えなきゃいけないから結構きつい旅になるけど、
アノチェも一流の冒険者だし、大丈夫だろ。
ね、アノチェ、と、同意を促す。
うん!だ、大丈夫!
わ、私だって頑張るもの…!
だ、伊達におじさん達が居ない間の孤児院の切り盛りしてないよ!
さ、砂漠だって私、テルプと一緒に行けるなら、頑張るから…!
むん!と小さくガッツポーズを作る。
そうなんですね、それなら尚更こちらに居る時は頼ってきてくださいね?
私達にできる事があれば手伝いますから。
さ、新たな家族を迎えた所で、そろそろ私達は行きましょうか、まだ仕事の途中でしたし…。アノチェ、貴方はどうしますか?
ん、一緒に出かけて来るよ。仲間に婚約披露しなきゃ! ふたりとも、忙しいところありがとう! 立ち上がると、アノチェの手を取って。
ありがとー♪ いってきます!
元気よく手を振ると、アノチェの手を引いて。
…このタイミングで朝帰りはさすがに不味いかな、と思いながら。
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あのね…。……色々吹きこまれたな。
まぁメンバーが男ばっかで、実入りの良い仕事の時とかはそういう事もあるけど
いつもいつもそーいう事やってるんじゃないからさ…。
何処にいるかねぇ。まぁ適当に人の多いとこに行けば、誰かいるさ。
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計画性もまるで無い事を言いながら、繁華街の酒場の中でも、大きなステージのある場所へと。沢山の詩人仲間と共に、ジャグジートと…
あっれ、フェリクスだ。
…そーそー、詩人やってる仲間内だけで行ったりとかもすんだよ。
まあ、オレもそうだけどあんま戦いが得意ってワケじゃない奴が多いから
あんまし危険なとこには行かねーんだけどよ。んでさあ、さっき話した
吟遊詩人志望の奴とかも誘うんだよ、面白いから。歌は本人遠慮すんだけど、
…そう、自覚はあるんだよな。ならなんか楽器とかできんの?って
聞いたら、「笛なら」って言うんだぜ?笛。もう正直向いてないよな。
そんなこんなで出発すんだけど…
(やはり吟遊詩人にはウケが良いのか、冒険の話で盛り上がっている。おかげで話題の仲間が近づいてくるのに、呼び止められるまで全く気付かず)
げぇッ!?テルプ!?アノチェセルも!?
なんだよビックリさせんじゃねーよ!…座るか?
(隣に椅子を持ってきながらも、「この後店に行く予定がパーじゃねえか」と思わなくもない)
◆現在のジュークボックス体力ゲージ
■■■■■■■■■□ …90%
…あ…!フェリクスと…ジャグジートだ…!
フェリクス…!
ジャグジートと友達だったんだね…!
えへへ、ご、ごめんね邪魔しちゃって。
うん、構わないのなら、座るね。
フェリクスの、この後のムフフな予定等当然彼女は知らない
なんでそんなびっくりしてんだよ失礼な。
遠慮の欠片もなく側に座る。
フェリクスの話面白いよなぁ。
俺がその場で見てた出来事でさ、俺っちオチ知ってる筈なのにさ。
フェリクスの口を通ればホント新鮮っつーか。
皆に混じって彼の話を聞きながら、けらけらと笑っている。
あ、あのね、打ち上げの時に、ジャグジートもいたんだよ。
こ、子供のときのテルプを知ってるって言うから、お話しお願いしたの。
そ、素朴で、落ち着きが無くって、でも歌を歌わせたら凄かったって、言ってたんだよ。
…昔から、歌を歌うの好きだったって前から聞いていたけど、
ほ、他の人からそういう話聞けて、嬉しかったんだ。
……ジャグ、は、俺の数少ない昔の知り合いで、さ。
昔の俺っちなぁ。まぁ落ち着きは無かったんだろうなぁ。
田舎から街へ出てきて、何もかも初めてで、
……見るものすべてきらきらしてたのを覚えてるよ。
最近どしたの? こっち来るようになったの?
フェリと知り合いとか、初めて聞いたぜ?
ジャグジートに向かって、
……子供の頃を知られている気恥ずかしさからか、どこかバツの悪いような風で。
テ、テルプ、に、アノチェセル…。
ふたりを交互に見比べて。マジでか。とかつぶやいて、
挨拶もそこそこにテルプの肩を掴み、耳に口を寄せる。
なぁ、マジでか。マジでこんな真面目そうな子相手にしてんの?
お前はさ、好き好んで善良な人間をたぶらかすような奴じゃないと
そう思ってたんだぜ?
……アノチェにいらないこと吹き込んだのはやっぱりおっさんか。 マジだよマジ大真面目。 不機嫌そうに。演目の合間を見計らい、仲間の前へと立ち上がり。
さぁさぁ皆様ご注目。本日重大なお知らせがございます♪
ご存じの方はご存知かと。アティルトの歌姫我らがアノチェセル嬢と
わたくし、自称幻惑の吟遊詩人テルプ・シコラ、でございますが。
この度めでたく、結婚の約束を、交わす運びとなりました♪
朗々と歌うように口上を述べるテルプに、ジャグジートが何度目かの「マジでか」を口にして。
おいで。アノチェ。
差し出した右手に、彼女とお揃いの宝石が光る。
あっ…!
う…。
皆の視線が一斉にテルプと、アノチェに注がれて。
歌うとき以外で注目を浴びる事に慣れず、頬を染めてマフラーで口元を覆う。
どこに視線を泳がせても自分が見られているので、俯いてるとテルプに声を掛けられて。
へっ、へい!?
変な声が出てしまって恥ずかしい思いをしてしまう。
慌てて差し出された右手に自分の左手を乗せた。
揃いの宝石が、同じように光って。
ほんの少しの面積でも、触れているだけで心が落ち着いていくのがわかった。
(周囲の楽師が口笛を吹いたり拍手をする中で不機嫌そうに) おま、お前らそれ今…?なんでオレの居る所でやんの?
(ある程度予想はできたことだが、改めて目の前でされて体中が痒い!)
◆現在のジュークボックス体力ゲージ
■■■■■■■□□□ …70%
(目を逸らしてジョッキの中身を流し込む)
ジャグジート、あんたアノチェセルに会ったんか。余計なことしてくれたよな…。
(露骨な舌打ち。ウェイトレスに「一番強い酒!」と怒鳴り立てる。そのままテルプに向かって)
…オレ前南に行った時にジャグジートと知り合ったんだよ。
お前の昔の知り合いってマジだったんだな。お前地元じゃ結構やんちゃしてたんだな?
(言い方がちょっと刺々しい)
フェリはもうだいぶ前から、俺らが付き合ってんの 気付いてたとは思うんだけど。
なーんか、わざわざ宣言するのも、何か違うっていうか、照れ臭いっていうか。
そんな感じでさ、なぁなぁになってたんだけど。
その、何か、こそこそして、お前に隠し事してるような気になって
……嫌だったんだ。
何だか恥ずかしそうに、頭を掻いたりしながら、右手はアノチェの手をしっかり握ったまま。
まぁ、それより、何よりさ。皆には早く言っとかないと。
フェリクスから目を上げて、周りの詩人達を指差して
アノチェを狙ってる奴がいたら残念だったな!
俺っちのだかんな! 手ェ出したら許さねぇ!
勝ち誇ったように指差して、高笑い。
ひとしきりブーイングを浴びた後、フェリクスへと向き直る。
……昔、ねぇ。……あの頃は金が必要でさ。
何だってやってやる、なんて、思ってたのは覚えてる。
やんちゃ、も、してたんだろうね。
苦味を噛み潰すように笑いながら。
きっと思い出したくない様な事だったから、……忘れちゃったんだ。
ジャグに聞いたほうが、俺っちより俺の事よく知ってるよ。多分。
当のジャグジートは何だかショックでぶつぶつ言ってる。
……結婚。あの安定した生活とか家庭とかいう言葉から一番遠そうだったあいつが。結婚。
歌の才能もあってリア充とか。天は何で二物も与えて俺にはなんにも無いワケ?
て、テルプ…!そ、そんな人居ないし、わ、私テルプだけだし、だ、大丈夫だよ…。
まだいまひとつ自分の「女性の魅力」に気付いていないのか、
否定こそしないものの恥ずかしがって。
周囲の目線の中に、本当に狙っていた人がいたかどうかは定かではない。
それでも「貴方だけ」だと、手を握り返す。
あ、あのね…フェリクス。
ご、ごめんね…。そ、そういう話嫌なの分かってるんだけど…。
で、でも、詩人達で初めて冒険いったときの、最初の仲間で、友達で…。
つ、伝えたかったの…。
け、結婚式、することになったら、フェリクスに来て欲しい…。
だめ…かな?
(どことなくげっそりとした顔で二人に向き合って、テルプに告げる)
お前、本当性根がマシになりやがったよな。…照れくさいのはオレの方だよ。
色々こっちに見せつけやがって。
オレは嫌いだってわかってんだろ、隠し事にもなっちゃねーよ。
(散々文句を垂れた後、急にそっぽを向いて)
……結婚式、呼ぶ時は金は出せよな。
…仕事としてだったら、祝福だろうと、お望みならバックコーラスでも何でもやってやる。
◆現在のジュークボックス体力ゲージ
■■■■□□□□□□ …40%
ああ! お前の最高の音楽で祝福されるなんて…。
必ず、来てくれよ? 血 吐いても連れてくからな。プロ根性楽しみにしてるぜ。
とても嬉しそうに。うんざりしたような表情の男を小突いたりしながら。
落ち込むジャグジートに向き直って
…ジャグジート…。し、心配してくれたんだよね。
わ、私ね、もう決めたんだ。迷わないって。
でね、テルプをちゃんと、さ、支えていくの。
だ、だから、えと…また、テルプの話、聞かせてね…。
あ、あとね、私、一番好きな歌はテルプの歌だけど、ジャグジートの歌も大好きなんだよ!
歌を、歌いたい、歌が好きってひとの歌は、みんな大好き!
だ、だから、自信、もって…!
にっこりと笑って。
……確かに心配はしてた。俺は「最近の」テルプの方はよく知らないから…。
だけど、君がそういうのなら…、きっと、大丈夫なんだろう。
えっと、俺のことも……慰めてくれてありがと…な…。
ジャグジート、放っとけよ…。 吟遊詩人として旅してく上じゃ家庭や恋愛なんざ邪魔にしかなんねーだろ… 嫉妬は醜いぞ、ほらアノチェセルを見ろ。 こんなこと言われたら惨めにしかなんねーだろ。しっかりしろよ…。
辛い。 顔を両手で覆っている。
……いやアノチェセルちゃんは悪くない。
家庭とか恋愛とかそういう問題じゃないんだ。なんて言うんだろ。
モ テ た い。 多分コレ。
なぁ、お前みたいに興味無くて相手いないのと、
俺みたいに興味あって相手いないのは全然まったく違うの。分かるか。
ぐいぐいと酒を煽っている。酔っているようだ。
当然テルプのおごりなんだろうなぁここは!
ダァンとグラスをテーブルに置いて。周囲から歓声が上がる。
テルプのおごりで! という言葉と共に、いくつもの酒が注文されて。
ちょ。おまえら、おまえら……ひ、控えめにしてくれ…? 次々と運ばれてくる酒とツマミに頭を抱える。
イラスト:かげつき
ぐい、と、グラスを空にして。
…昔の事、忘れてんだな、本当に。
オレも詳しくは知らねーけど、お前、そのままでいいのかは考えとけよ。
(「故郷に挨拶に行くんだろ?」と、今のところは傍観を決め込むつもりなのか)
注文の品が運ばれてくる。
テーブルに山と積まれたナッツやチーズを、諦めたようにひとつ口に放り込んで。
喧騒を眺めながら、フェリクスの問いに答える。
──このまま、忘れたままで。……いいとは思わないさ。
このままじゃ、俺の人生、ぽっかり穴が空いたままでさ。
そこにいくら積み重ねたとしても、いつもすごく、不安定だって思う。
俺さ、アノチェの、強いトコ、好きなんだ。聞かれてもないのに語りだしたぞ!
アルバが居なくなった時、あったじゃん? そん時もさ。彼女ずっと笑ってただろ?
そんな風に、俺だったら忘れてしまいたい事も、全部。
自分のものにして立ってる彼女を見てたら。彼女の歌も、心も、すごく綺麗で。
そんな風に…俺もそんな風に。歌えたらって、思うんだよ。
一緒に、歌いたいって、思ったんだよ。
途中から目線はアノチェに移って。うっとりと眺めるように。
……そうだ。ね、アノチェ。ずっと渡しそびれてたプレゼントがあるんだ。
アノチェセルに向き直って
自分のことを語りだしているテルプに
…て、テルプ、ちょ、ちょっと、か、買いかぶりすぎだよ…。
わ、私がそうしたい、ってだけで…。
…え?な、なに?
急に向き直られて、ぱちくりと瞬きをする。
取り出したのは譜面…、であるが、伴奏の一部を書き込んだだけのもので。
…ずっと。
君のために歌を作りたいって思ってたんだけど。
書いても書いてもしっくり来ないし、君はどんどん綺麗になってく。
今まで知らなかった君を知る度に、浮かぶメロディーは変わってしまって。
んでさ、気付いたんだ。
俺は、君とずっと奏でていたいんだ。この音楽を。
君がひとこと喋る度に、君がひとつ微笑む度に、変わってしまうこのメロディーを
ずっと君の横に居て、一緒に奏でて行きたいんだ。
だから、これは…君の自由なメロディーで。奏でて?
魔力の込められた紙で作られた楽譜だ
譜面を受け取る。微かにうれしさで震えて。
…だって、毎日、違うもの。
…何度巡っても、同じ日なんて、ないの。
て、テルプと、知り合ってから、ずっと、そう。
…テルプが、そうさせてくれてるんだよ…?
だ、だから、一緒じゃなきゃ、奏でられないんだからね?
目じりに涙を浮かべて微笑んで
魔力の込められた楽譜に思いを乗せて、静かに歌う。
♪全ての色が変わって、
新しい世界に
僕達の心は
ひとつのハーモニーに
かなしくてもつらくても、
君が居れば乗り越えられるから
完全に二人の世界だ!
すっかり世界を作ってるふたりを目に入れないようにしてぐびぐび飲んでる。
フェリクスも…まぁ、飲めよ…。
奴の財布がすっからかんになるまで飲んでやれ。
♪全部うたっていこう
過去から未来まで
重なりあうメロディは
とても素敵
かなしいことつらいことも、
ふたりの音楽の
一部にしていこう
周りの詩人に小突かれたり、祝福されたり、囃されたりしつつ。
やがて周りの皆が思い思いに演奏したり、歌い出したりした後も
テルプは彼女の隣を、離れようとはしなかった。
宴もたけなわの所でマスターの所へ。
フェリクスとジャグジートの高い注文が響いている。
その原因はラブラブ砲だが、撃ったのは反省してない!というかわかってない!
当然手持ちのお金では足りず困っていると
「可愛い未来の奥さんに免じてツケでいいよ」
とマスターがウインクをした。
「後でちゃんと払いに行くから」
と、アノチェが深々とお礼を言って。
そっとその場を後にする。
丁度夕闇が辺りを包もうとしていた。
一番星が輝く。
…不思議…。
あ、朝はすごく、嫌な、気持ちだったのに…。
お、おじさんたちに認めてもらって、な、仲間たちにも認めてもらって…。
い、今凄く、嬉しくて…幸せで…。
…て、テルプ…。
あ、あの、ね…。
も、もう、帰らないとって、思うんだけど…。
…ま、まだ、帰りたくない…よ…。
テルプと、まだ、一緒に、いたい…よ…。
手をそっとまた繋ぎ直して。
頬を染めて彼を見上げた。
……俺も、おんなじ気持ち。
その手を握り返すと、口元へと。
俺っち、多分アノチェの事、すごく不安な気持ちにさせてたんだなって、気が付いた。
昔のこともよく分かんない俺の事。
誰も…、自分自身でさえ信じられない俺のこと
アノチェはいつだって、信じるって言ってくれてさ。
だから俺は、今。君のことが好きだって叫んでたいんだ。
……アノチェの為だけじゃなくて、自分のために。
君にもらったたくさんのものも、皆に、俺が君の事好きだって分かってて欲しいのも、
足元になんにも無い、俺を繋ぎ止める確かなものになるはずで。
ね、不安な時は、ちゃんと俺に怒ってね。君の心、たくさん俺に教えて。
そうすれば俺ももっと……嬉しくなるから。さ。
しなやかな指に何度も唇を落として。
君の乱れる姿も。もっと、教えて?
耳元での囁き。
…彼女がそれに弱いって分かっててやっている事、とうにバレている筈。
見上げて微笑めば耳元に熱の篭った囁き。
脳内で、混じり合って、息を呑む。
…っ!あ…。
ぞくりと身体が震えて。粟立った。
も、もう!て、テルプ分かってやってるんでしょ…!
…い、いいよ…!い、いっぱい教える…!
…い、行くんだから!
珍しくちょっとムキになってテルプの手を引いて先導する。
向かう先も、これからすることもわかっているのに彼女が先に向かう姿は、ちょっと珍しいかもしれない。
て、テルプもいっぱい、教えて…ね…。
ちらりと振り返って切なげに見詰めるその顔を、
落ちかけの太陽の光が淡く照らした。