扉を隔てて
第四期:過去から重ねたもの
過去の自分が、彼女を傷付けるならば──
アノチェセルとジャグジートがそんな話を交わした事など露ほども知らぬテルプが、
急いだ様子で孤児院を目指す。
「仕事」がなかなか片付かず、今回の「巡り」の後、まだアノチェセルに会ってないのだ。
ようやく時間を作れた彼は、孤児院の入り口をくぐる。
前の巡りではまだ眠っていたはずの孤児院の主たちが、今期は既に、ここに居る事も知らぬまま。
いつものアホ毛がぴこんと跳ねる。
アノチェーーー! アノチェー! 居るか? 俺だよ、久し振り!
アノチェは
1:会う
2:会わない
3:顔を見られたくないので顔を隠して会う
4:どういう顔して会ったらいいか分からないのでドア越し
アルバはアノチェから話を
偶数:聞いている
奇数:聞いていない
聞いていた場合、テルプに
偶数:話す
奇数:話さない
おーっす、アルバ久しぶり…って、あ、あれ?
アルバ、戻ってなくね? でかくね??
うん、ちょっと立て込んでて…、遅くなっちゃった。
みんな元気? こっちは相変わらずだよ。
なんか二年分身体の時間が経過したまま巡ったみたいだよ。
テルプにとっては好都合なんじゃね。待たなくていいもんな?
だからなのかおじさんとおばさんも今ここにいるよ。
その様子だと居ないと思ってきただろ?
待たなくて、いい……。
──ほんと、綺麗になったよなぁアノチェ…。
前の巡りで驚くほど女性らしく成長したアノチェセルを思い出して。兄の前であることも忘れ、傍目にも分かるほどに表情がくずれる。にまりと。
げ、おじさんたちいるの? (失礼な物言い)ちょっと心の準備が……。ア、アノチェ呼んで来てもらえるかな…。
…ああ、呼んでくる!
…そうだ、アイツ最近ずっとどこか元気ないんだよな…。
聞いても今回は何でか俺にも話してくれないんだ。
いつもなら何でも相談してくれるんだけどなあ…。
なあ、テルプなら話してくれるかもしれないから聞いてみてよ。
何も知らぬ兄はいつもの調子でアノチェを呼びに行く。
え? なんで?
…今回、会いに来るの遅くなっちゃったから、寂しがらせちゃったのかな。
(めずらしい、しゅんとした雰囲気で。アホ毛がぺしょりと)
えっと、とりあえずアノチェの部屋の方行ってみる。
いいかな。いいよな?
(そわそわと、駆け足準備)
そうだよな、み、見つからないように…行かないと…。
一瞬怖気づいたその足を奮い立たせて忍び足。
右奥、右奥…とつぶやきながら、建物の中へと入っていく。
何があったか、聞いてくるわ……。アルバ、後でな。
右の奥の部屋。アノチェの部屋の前に立って。
……アノチェ? アノチェー。
なぁ、俺だよ? 久し振り。ねぇ、どうしたの?
部屋の前で小声で呼びかけて、閉じられた扉に手をかける。
なぁ、入っていい?
…テルプ…?
ドアの前まで近づく音が聞こえるが…開ける気配はない
…だめ…。あ、開けないで…。
い、今…テルプの前で、笑えない…から…。
…会えない。
落ち込んだ弱弱しい声がドア越しに聞こえる
……?!
タダ事ではない雰囲気に
どした? 何か嫌な事あった? 大丈夫?
ね、笑えなくてもいいから、出ておいで?
鍵がかかってないか確かめて、
かかっていたら鍵穴を覗いてみて、無意識に鍵解除方法を考えている。
さすがに無理矢理は開けない、だろうが。
……ねぇ、会いにくるの遅くて、ごめんな?
ちが…う…。
ずっとずっと、様々な声と思いが、水と油のように分離している頭で、
何から話せばいいのか分からず。
…………。
テルプ、前に言ってたよね…。
ほ、本来の営みから不自然なものをつけたら、ただの快楽だって…。
…テルプは…てる、ぷは…。
今まで……どれだけの女の人と遊んで、快楽をしてきたの?
そ、それとも、その人たちとも、命の営みをしてたの…?
いつの間にかその話を聞いた経緯すらもすっとばして、アノチェはテルプに問い詰めていた。
説明を求めれば、話してくれるかもしれない。
ドアの鍵は掛かっている。
え? 何? え? ……今まで? あそ、遊んで…?
突然の言葉に混乱しつつ、取り敢えず、過去の女性関係に関して聞かれているのだということは把握。
な、なんにんか………?
えっと、きゅうに、どうしたのあのちぇ?
イラスト:かげつき
………。
この間、た、沢山の吟遊詩人と仕事したの…。
そ、その打ち上げで…テルプの昔のこと…その人たちから…聞いて…。
い、いつも…女の人口説いて持って帰ってたとか…。
あ、後腐れなく遊びたいとか…。
わ、私は…騙されやすいから…とか…。
しゅびはんいがい…とか…。
段々と自分の頭に強く残っている単語の羅列になってきている。
な。だ、誰がそんな事…。
後で殺す、とか思いつつ、いや、今はアノチェの事だ、誰が、とかはどうでもいい。言葉を切って、彼女の話を聞く。
しゅ、しゅびはんいがい? 何が?
私…あの人たちが…い、言っていた事聞いても、それでも…好き…だよ…。
だ、だって、あの人たちが知らないテルプ、私は知ってるから…。
でも…私は…逆に、それしか知らないの。
あ、あの人たちが、話したテルプも…テルプ、なんでしょう…?
受け入れるって私、言ったのに…。
信じたい…のに…どう…して…。
ドアの向こうで震える声が聞こえる。
…ごめん、なさい。
わ、私、今は、会えない。
ちゃんと、テルプの前で、わ、笑えるように、頑張る、から…。
ごめん…なさい…。
声は次第にか細くなって沈黙してしまった。
ドア越しにふたり。沈黙が流れて。
ねぇアノチェ。
前も一度さ、こんな事あったよね。俺がここに来て、君がなかなか、顔を見せてくれなくて。
ふとんに潜り込む彼女を思い出す。あれははじめて彼女に想いを告げられた日で。
俺さ。……ごめんな。まぁ、聞いての通りで。
ずっと、今楽しければいーやって、思ってて、その、相手も、喜んでくれて。
──誰かに、喜んでほしかったんだ。
そんな、だったからさ。
君が、その。想いを、俺に向けてくれた時にも、すぐ受け入れられなくて。
俺、なん…… ──俺、おれは。そんなのだったから。
駄目だろって。
ひとりになった君の、寂しさにつけ込んで。優しい言葉で、近づいて。
……そんな、…の、駄目だろ……っ ……って。
声音が少し、震えるように。
だからさ。ずっとあのままで。仲良しのままでいたいって、逃げてたんだ。
──勇気を出してくれたのは君の方だったけど、君に、恋したのは、……俺の方が先なんだぜ。
知ってた? と、扉の向こうに問いかける。
──君だけなんだ。
ドアに額を擦り付けるように。
遊び、じゃ、嫌だって思ったのは、君だけなんだよ? ノチェ。
ね、逃げたくないのも、君だけなんだ。笑顔じゃなくて構わない。ねぇ、おいで。
その言葉を
偶数:ひとまず信じて扉を開ける
奇数:「君が騙されてやしないか」「調子のいい言葉を、鵜呑みに、しないように」という言葉が頭から離れない。私はまだ、言いたいことがある。
↑奇数だった場合、廊下から誰か近づく気配がする
1.フォウ
2.君鳥
3.気のせい
4.アルバ
5.気のせい
6.気のせい
…あ、相手に、喜んで欲しかったら、簡単にするの?
…「営み」も…「快楽」も…。
ちがう
た、沢山の、女の子たちにしてきた事と「同じ」ことを私にしているの…?
楽器と、同じように…。
ちがう
他の女の子と同じは…いや。
ああ、これは盛大なヤキモチだ。
私の方が、ずっと…ずっと…。
「君が騙されてやしないか」
「調子のいい言葉を、鵜呑みに、しないように」
彼女の頭の中に、離れない言葉を振り払っていると、廊下から足音が近づいてくる。
アルバに向かって手を挙げて、声を制するようにするが、それだけ。 こちらに来るも来ないも、アルバの判断に任せるといったところのようだ。
テルプが手を上げる様子に気付くと何かを考えて…
角から姿が見えなくなる。どたどたと足音が遠ざかって、暫くした後、また足音が近づく。
アルバがテルプに向かって何かを投げてきた。
…鍵だ。アノチェの部屋の鍵と思われる
「後で返せよ」
目と手のジェスチャーでそう伝えると去っていった。
扉の向こうの彼女の返答を待たずに入るのも、返答を待つのも自由だろう
投げられた鍵を、ちゃりん、という音と共に受け取って。
立ち去る後姿を見送って。それを握りしめたまま扉の向こうへと。
ね、ノチェ。
君に会ってから、今現在の俺も、巡る未来の俺も、ぜんぶ、ずっと。
……永遠に、君のものだよ?
ねぇ、その上君は、これまでの俺も、欲しがってくれるの?
ごめん、アノチェ。俺、……ごめんな。うれしい。
君がそう言ってくれるの、嬉しいんだ。
そう言う表情は、確かに、笑顔だった。どこか恍惚としたような。
ねぇ。君だけは他の子と違う、なんて、言って、信じてくれる?
信じられる要素なんて何ひとつない俺の事?
消えてしまう。幻と同じだろう? 言葉なんて。
ね、信じなくてもいい。ここにいて。側にいて?
……俺の側に居て。
俺は…君だけでいいんだ。君との未来以外、他に何もいらないんだよ。
君が望んでくれるなら、これまでの俺だって、全部……捨ててもいいよ、俺。
ぜんぶまっしろにして、君のものにしていいよ。
ああ、違う。きっと違う。ずっとそうやって間違えてきたんだ、俺は。
ちが…!
だ、だめ…!捨てないで!まっしろに、しないでっ…!
とん、と扉を叩く音。
やりきれない思いを叩く音
て、テルプが、忘れてた事だって、今のテルプを作ってて…。
忘れてたって、周りは、知ってるんだもの…。
そ、そうだよ、わ、私は…。
私の、知らないテルプだって、知りたい。欲しい。
う、受け入れる事だって、信じる事だって、ちゃんと、決めたの…。
決めたのに…。
ご、ごめん、結局ね…。
…やきもち、焼いてるの。
過去の、子達に。
わ、私の方が、ずっと大好きなのに…。
わ、私にしか見せてくれない顔も、声も、手も、テルプが私に歌ってくれる歌も。
な、なのに、…抱かれている行為は、きっと、同じなんだって…。
楽器の、調律と同じなんだって…。
……みんなが求めていたのは俺じゃない。俺の与える快楽だけで…
きっと。何でも、誰でもよかった。その瞬間を満たしてくれる嘘でよかった。
俺も、きっと同じ。嘘でよかった。嘘が、よかった。
触れあいたい、ひとつになりたい。
心まで溶け合いたいのは、君とだけ。
君が与えてくれるのは快楽じゃない。「幸せ」なんだよ。
他の誰だって俺をこんな風に、満たす事は出来ないんだ。
他の誰だって。こんな風に、求めたりしない。
知ってる筈だ。君は、知ってるはずだろ。
いつだって。我慢出来ないくらい、好きなんだ。
人生の、積み重ねたものなど何もない薄っぺらな言葉へと、精一杯の想いを乗せる。いつも歌っている嘘になら、簡単に言の葉を乗せられるのに。誓えるものもないけれど、どうか、今、自分の確かなものを、この想いを、少しでも届けられるように。
……祈るように言葉を紡ぐ。
わ、私、テルプが大好き。
歌だって、大好き。
む、胸張って言えるよ。
で、でも、女の子としての魅力は…すこしだけ、自信、ない…。
そ、その…テルプが相手にしてきた子達って、可愛くて、垢抜けてて、む、むね…おっきかったりするんでしょ…?
あ、あの人たちからだって「テルプの守備範囲外」って言われてたし…。
あ、呆れちゃうよね…!
わ、私も呆れてるんだ。
そ、それで、笑えなくて…。こんなこと…。
……む、むね?
吹き出した。
ノチェ。アノチェ。ちょっと。
入るよ?
アルバが鍵もって来てくれたん。ここ開けるよ?
言いながら。笑いながら。鍵を開けようとする音がする。
愛おしい彼女。前よりももっと綺麗になった気がする、彼女を目にして微笑むと
扉を閉めることも忘れて、大股で彼女へと。
誰だそんな事言った奴は。
そいつは、アノチェと出会ってからの俺の、何を知ってるんだ。
俺にとって君が、君こそが、最高の女性なのに!
君は知らないだろうけど、君は本当に魅力的だよ。俺が心配になるくらい。
昔の俺だってきっとそう言うさ。
…けど、そうだね。絶対に、遊びの相手には選ばない。
君みたいに素直で、可憐で、可愛い女の子、俺はきっと傷つけてしまうだろうから。
いつもみたいに簡単に、終わらせるなんて嫌だから。
それでも、それでも惹かれてしまったんだ。……ごめんな。
君とは、ずっと、一緒にいたくて。触れたくて。だから…。
多少強引に、彼女の手を取ろうと手を伸ばして。
許されるならばそのまま抱きしめようと。
伸ばされた手に。
想いの引力に導かれるままに。
彼女の身体がすっぽりと彼の腕の中に収まる。
あ、あやまらないで…。
も、もともと私が…やきもちなんて焼いたから…。
……あ、あの。
あり…がとう…。
私を…みつけて…くれて。
ふんわりと、心に灯火が宿って。
凝り固まった氷が溶けていく。
いつの間にか、思いのままに歌が紡がれる。
……君で、俺が、こんなに変われるなんて思ってもみなかった。
鼓動が重なるように、途中から自然に歌を重ねる。
まるでもともとひとつのものであったように、歌声が混じりあっていく。
♪ここにいるよ
愛を道標に
共に謳って
♪ふたり、一緒に
だいじょうぶ。俺も、ごめんな。ありがとな。
彼女に抱きしめられ、そのまま唇を、重ねると
すき。すき。だいすきだよ。
開け放たれた扉の事など忘れてそのまま彼女の胸の上に手を重ね。
……だいすきだよ?
揉みしだくように。
お、おお…。
親御さん(?)への挨拶もまだだというのにこんな所を見られては。慌てて入り口の方へと向かうが、扉の前でくるりと振り返って
ね。ドア閉めたらつづき、いいの?
え?!
え、えっと…あの…。
うぅ…。
い、いま、孤児院、人増えてるし、おじさんとおばさんも、いるから…。
で、できればここじゃないところで…。や、宿…とか…。
(自分から誘ってるみたいだ…やだ…恥ずかしいよ…)
もうもうと顔から煙を出している。
続きは望まれれば彼女は応じるだろう
ドアの前で、少し考えるような素振り。
────何も準備出来てないけど。…おじさんおばさんへの挨拶すませちゃおっか。
ど、どっか明らかにおかしいトコないかな。この服じゃまずいかな。
とりあえず全身のホコリを払ってみたり。
ほ、ほんとう!?
だ、大丈夫だよ、おじさんも、おばさんもそんなの気にしないから…!
そ、そのままでいいの。
そのままの、テルプが好きなんだもん、おじさんと、おばさんにも、そう、紹介したい…!
顔を上げるとにぱっと笑う。
んでさ、その後、吟遊詩人仲間に紹介しに行こう!
俺の大好きなのは、君だって、みんなに知らせに行こう。
なんかさ、わざわざ、付き合ってます! とか
公言する事でも無いかな、なんて思ってたんだけど
ちゃんと言っとこ。
……もう絶対守備範囲外とか言わせないし。
ついでにそれ言った奴なぐる。とか物騒なことをつぶやいている。多分威力は無い。
え、えと…。
て、照れちゃうけど…。
うん、あ、ありがとう…。
う、嬉しい…。
そ、それじゃ、おじさんとおばさん、呼んでこようか…。
お、応接間いく?こ、ここに呼べばいいかな…。
お、応接間って、すごくかしこまってないかな。 ……でもなーー。勝手に部屋に入り込んでるってのもどうかなーー。 あーーー、こういうの縁遠すぎて、さっぱり分かんねー! じたばたしている。
えっと、まぁ、その、とりあえずおじさん達のトコ行くわ。
ふーーーー、と、大きく息を吐くと、気合を入れたような表情で顔をあげる。
案内、頼む。