珈琲と川のほとり
第四期:祭り囃子が聞こえる
赤坂天矢は人混みが苦手である。
ふらふらと、CAFEシルフへとやってきた赤坂だった。
人が多くて、……大変だな。
疲れたようにやってくる。
……失礼します。 珈琲をブラックで。お願いします。
お祭りだろうがなんだろうが通常運転だ!
えーっと、それだけじゃ何ですかね。
大食いチャレンジ…、なんてあるんだ。
(天野さんが喜びそうかな…いや、甘いものだしな…。)
あ、あー、色付きのわたあめなんてあるんですね、珍しい。
では、色付き綿あめを、ひとつ。色は(ランダムダイスころころ)で。
あら、赤坂君いらっしゃいませ。
珈琲のブラックね…かしこまりました。
紅茶ばかりだったから…腕を振るっていい物を出してあげたいわね…。
(初めて珈琲を頼まれてナオミはどことなくうれしそうだ)
それと…綿あめ? 他の色の綿あめはザラメ糖に香りや風味を加えたものを使っているの。
色は…レモン味ね。 ちょっと待っていてね。 …リョウ、お願いね。
(リョウとナオミが調理場に入り、先に黄色く仕上がった綿あめがリョウから手渡され、少し遅れてナオミが珈琲をお盆に載せて持ってくると)
お待たせ。
今回は私特製のブレンド豆で淹れてみたわ。
本当は…もうちょっと種類をそろえたかったけど…荷物がかさばるから断念したわ…。
でもこのブレンド珈琲も芳醇な香りとやわらかい上品な味がしていいわよ。
気に入ってくれるといいのだけど…。
(そういってナオミは珈琲を赤坂君の前にやさしく置いた)
種類が用意出来なかったって事は、これ、ナオミさん厳選の一杯って事じゃないですか。
屋台で本格的な珈琲が飲めるとは、思ってなかったなぁ。いただきます。
香りをいっぱいに吸い込んで。祭りの喧騒が遠くなるような気がした。
一口飲めば、その香りが体中に沁み渡るような。
ああ、美味しいですね……。人混みで、疲れた心が爽やかに癒やされていくような、丸い味わいです。
ひとり、静かな湖畔にでもいるような……
どうぞ、召し上がれ。
(赤坂君の言葉ににこりとほほ笑み)
ふふ…珈琲って好みが分かれるから今回は万人受けがよさそうな物を選んだのよ。
だから詳しい人が好むのか不安だったけど…赤坂君がそういうのなら大丈夫そうね。
僕の好みは比較的一般的な方じゃないかな…。
色んな、癖の強い珈琲も飲みますけど、それは毎日飲むものじゃなくて…
万人向けのを、丁寧に、ていねいに淹れたものが、最高だって思ってるので、
まぁ、……通、とは言えないかもしれませんね。
成程…そういう考えもあるのね…。
確かに、疲れた時はそんな安心できるような…そんなコーヒーを飲みたいものね。
クセが強い珈琲も嫌いじゃないけど…そればっかりじゃあ疲れてしまうものね。
…赤坂君がそういうのなら、自信をもってだせそうね。 …ありがとう。
良い香りに目を閉じていると、隣の席でフードファイター達の大食い対決が始まったようだ! 目を白黒させて、その大食いっぷりをただただ眺めて。
珈琲を飲みながら、横のレモン綿菓子をつまむ。そういえば珈琲にレモンも結構あうんだよな、と思いつつ。
すごいですね。大食いか…。
そういえば、ここのクランのリョウさんも、すごく食べるんだって聞いたことがあります。
……あんな雰囲気なんですか?
(フードファイトがはじまり、次々と掻っ込んでいく大食い王者。それを遠目で見ながら)
リョウ? リョウの場合は彼女よりも静かに…かつ行儀よく食べるわ。
なんていうか…見ていて気持ちよくなるような、育ちがいい人良さがにじみ出てるというか…。
…私ね、リョウがたくさん食べてくれてよかったって思う程、リョウの食事してるところを見るのが好きよ。
行儀がいいのはもちろん…私の本気を受け止めてくれるのはあの人だけだから。
(一しきり語ったところで、しまったって感じで口を覆い)
…さっき言った事はリョウには内緒ね。 …やっぱり恥ずかしいから。
(そういって口元に手を当てて内緒のポーズを赤坂君にとる。…その時のナオミの頬は少し赤く染まっていたかもしれない)
頬を染めて、人差し指を立てるナオミさんは、非常に、なんというか、グッと来るものがありまして。良い物を見た、と心でガッツポーズ。
分かりました、内緒、ですね。
……そういえば、男をつかむならまず胃袋をつかめってよく言いますね。
さて、ご馳走様でした。珈琲は勿論、わたがしも美味しかったです。ふふ、と意味ありげに笑いつつ、会計を済ませると祭りの喧騒の中へと出かけていった。
(男を落とすならまず胃袋からと聞き、思わずほほ笑み)
…ああ、そういう言葉もあったわね。
私の場合、いつの間にかそういう関係になってたから…あまり実感がなかったわ。
…飲んでいってくれてありがとう。
…また珈琲が飲みたくなったらいつでもおいで…歓迎するわ。
(赤坂君から代金を受け取ると祭の喧騒へ消えていく彼を手を振って見送った)
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屋台通りを逸れて細道を行くと木々の間に川が見える。
流れの先は暗い、黄昏だ。明滅するホタルの群れが漂っている。
上を見れば開けた空に星…、花火も見えるかもしれない。
ひっそり立つ看板には折り紙の船の作り方が書かれ、傍らの台には紙とペンが置かれている。
―紙とインクは魚が食べても安心なおいしくて溶けやすい素材で出来ています―
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◆短冊流し
1.紙に願い事を書く
2.紙を船の形に折る(【祈り】dice:1d4)
3.川に流す (【運勢】dice:1d20 ×回数)
◇判定
【祈り】を下回る【運勢】で船は転覆や沈没座礁などを起こします。(同値は転覆しない)
【祈り】の振り直し、【運勢】を振る回数は任意。
運試しをしたい方は【祈り】のダイスを変えるか、【運勢】を振りまくろう。
へー、こんなのあるんだ。
どれ、この世界じゃない人間のお願い事聞いてくれるかわかんないけど。
「妹が妹らしい人生を送れるように」
川に流した後に気付いて
…ん?まずは「元の世界に戻れますように」が先だったかな。
まいいか、もし戻れなくてもここならなんとかなるだろ (いい加減だ!)
お願い事かあ…。
い、いっぱいあるけど、一個だけだよね…きっと。
うーん…うーん…。
「ずっと、歌を歌い続けられますように」
かな…。
ば、バラクの安泰と迷ったけど…。
き、きっと当分はお互い見守ってるんだろうなあ…(苦笑して)
…アノチェ、どうか、わ、私の分まで、幸せに…。
も、もう一人の私が、あ、あんなに幸せそうなら、わ、私だって負けてられないよね!
空を見上げて笑うと、川に船を流した。
願い…か。
ホタルの光が灯っては消え、音もなくふわりと舞う。
川のせせらぎをぼんやりと眺めながら…願い事を考えてはみるのだが。
何も、思い浮かばないや。
そういえばこの間見た夢の中で。
両親に認めてもらえる、そんな力が欲しい、なんて願った事があった事を思い出す。
どうだろう、確かに、それは僕の願い、だったのだろうけれど…。
今の僕が、望んでそれを願うか? と自問すると、……答えはNOだ。
空白のままの願い事を、丁寧に船の形に折りたたんで。
行きたい場所も分からないまま、ただただ流れにその身を任せ、
まるで僕自身のようなその船は、時折渦に揉まれながら、それでも何とか浮かんだままで。
イラスト:かげつき
何処かに旅立つその船を見送りながら。 遠くから聞こえる祭囃子に、ふと、誰かの幸せを、祈った。 ……誰でもいい。僕の知っている誰か。僕の知らない誰かが。幸せになればいいな、と。