共に生きてください

第四期:暴かれる嘘

samplejpg

何も持たない俺だけど。君をあいしてる。

テルプ・シコラ  1btg

すっかり疲れてしまって。ぼんやりと彼女を抱きしめるように寄り添っている。
……ここで一泊、かな。──火の準備しなきゃ。 みんなの事も、弔わないとな。

アノチェセル 18k0

いっぱい…泣いたね…。
うん…。お墓、作ってあげなきゃ。 わ、わたし、手伝う…。 ね、どうしたらいいか、教えて…。 弔いの儀式は民族によって違うだろうからと、指示を仰ぐ。

テルプ・シコラ  1btg

神様の住む山に遺体を運んで、神様のところに還すんだ。 定期的に山が噴火して、溶岩がそこを飲み込んで、 そしてすべてが山へ、大地へと帰っていく。身体も、魂も、全部。

……けど、運ぶのは明日にしよう。 取り敢えず今は、鎮魂歌、……頼んでもいいかな。あの広場の真ん中で。 君の知ってる、……君の神様の歌で構わない。 のろのろと立ち上がって、彼女の手を引いて。外は、もう随分と日が傾いていた。

アノチェセル 18k0

わ、わかった…。
広場の真ん中に立つ。 泣きすぎて少しかすれた喉を、水で潤して。 彼女は歌う。竪琴の音色が、夕闇に溶けていく。 宗教歌ではない、彼女自身の気持ちと鎮魂の祈りが込められた歌だ。

大地の神様 山の神様
どうか
彼らを導いてください
悲しみも 無念も
怒りも 溶かして
その灰が 風に乗って
新たに花を
咲かせますように
どうか 安らかに


ぽろん、と最後の音を弾いて。
一礼をする。


…彼を、怒らないで、あげて…。
ぽつりと小さく、祈るように、呟いた。

テルプ・シコラ  1btg

彼女の歌に聴き入るように目を閉じて。 やがて歌が終わると、ひとりひとりの前へと屈みこんで、触れてみたり、祈ってみたり。

ノチェ、有難う。俺っち、ずっと皆のこと眠らせてあげられなかったから。 ずっと、此処に居るって事に、してたから。皆のことも、自分のことも縛り付けて。 みんな、ごめんね。俺、ずっと、みんなに謝りたかったんだ。
……やっとこれで、眠れる。──ごめんね。

小柄なひとりの女性の前で、その手に両手を伸ばす。
……かーちゃんだよ。
アノチェセルに告げた後、目線を横たわる遺体へと戻す。
かーちゃん、嫁さん連れてきたよ。……俺を笑顔にして、俺に歌をくれる人。 かーちゃんが好きだと言ってくれた笑顔と、歌を。

俺、すごく幸せだよ、かーちゃん。 ──いいのかな。 自問の答えは隣に立つアノチェセルにもらっている。

『 もう、いいんだよ 』

アノチェセル 18k0

母親だという、小さめの遺体の前に、テルプの隣に、膝をつけて座って。 崩れ落ちないように、手に触れる。

…お、おかあさん…。 …は、初めまして…アノチェセル…です。 て、テルプから、いっぱい、話、聞いてるよ…。 お、おかあさんが、教えてくれた、笑顔の、ま、魔法が、わ、私とテルプを逢わせてくれたんだよ…。

…あ、ありがとう、テルプを、産んでくれて。 生かしてくれて、ありがとう…。

テルプ・シコラ  1btg

俺ね。悲しくて、かなしくて、かなしくて、今、幸せなんだよ。 ずっと逃れようとしてきたものの、その向こう側で。……幸福だ。

また零れてきた涙に、貴重な水なのに、と苦笑して ね、ごめん。もうちょっと上まで、一緒にいいかな。 岩また岩の荒れ地を指して、手を取ろうと、右手を差し出して。

アノチェセル 18k0

同じくまた零れそうな涙を拭うこともせず、お互いに顔を見合わせた。
うん、いいよ…。
差し出された手を取って、歩き出す。

1btg

火山特有の腐卵臭、ところどころから白煙のようなものが上がる岩肌を登って。 アノチェを気遣うようにゆっくり、安全な道を選んでいく。 しばらく行った先の岩の裂け目に辿り着いて。奥底に溶岩の発する光が見えた。

テルプ・シコラ  1btg

大きな岩へと腰掛けて、リュートを構えて…。 何か弾こうとして、躊躇して。

この底の底に、村の神様の宝物が、たくさん埋まっているんだって。 火の海をくぐりぬけた向こう側に、赤い赤い、巨大な魔法の宝石が。 それは神様のちからの源なんだとか、神様そのものなんだと言われている。

ここにね。俺っちの師匠が、いる。 村の皆が死んでしまった時に。師匠は一緒にこの村に来てくれて。 俺の幻と一緒に、この中に沈んだんだ…。 何を話せばいいのか悩んでいる様子で、ぽつりぽつりと。

テルプ・シコラ  1btg

師匠は、…俺の歌を見つけて、欲しがってくれて。村の皆を助けてくれて。 歌も、術も、文字も、……世界も。全部、教えてくれたよ。
この村もこの世界も、全部嘘だって思った時も、師匠だけは信じていた。 けどね、師匠が、この村の宝物をすごく欲しがっているって知って。 その為に俺の歌が必要だったって知って。 あぁ、やっぱり、師匠の笑顔も、嘘だったんだって、思ったんだ。


彼こそが、この村の惨状を招いたんだと、思いたかった。思い込みたかった。 師匠の全部が嘘だったんだとしたら、……殺したいほど憎かったし、 もしも、もしも嘘じゃなかったとしたら…、 試したかった。彼が俺と一緒に、絶望の中まで来てくれるのかと。

──俺の幻が誘うと、師匠は共に来てくれた。 それが、宝物のためにだったのか、…俺の為に、だったのか。 俺には分からない。──どちらにしたって、一緒だと思ってたから。
弦を弾いて、何か奏でようとするが。

テルプ・シコラ  1btg

…………。

苦しそうに顔を上げる。 ごめん、ノチェ、師匠の分も、頼む。 鎮魂歌を。

アノチェセル 18k0

…わ、わかった…。
背負っていた竪琴を取り出して。弾く前に。
…お、お師匠、さん…。 あ、あのね…。か、彼を、連れ出してくれて、ありがとう…。 歌を、教えてくれて、ありがとう…。

わ、私は、お師匠さんのこと、ぜ、全然知らないし、ど、どう思ってたかも、わからないけど…。 つ、連れ出してくれたのは、事実だから…。 そ、それが、どんな理由でも。 で、出会えた、道程ぜんぶに、ありがとうって言いたい、から…。 だから…うたう、ね。

溶岩と海は
きっと似ている
大地の底と 海の底は
繋がっている
死の腕に抱かれても
命の海に繋がっている
いつかまた
母なる海から生まれて
巡り合えます様に


…ありがとう。
感謝の歌を最後に歌うと、遠く赤い光を見詰めて、ひとつ、涙を零した。

テルプ・シコラ  1btg

……ありがとう。
アノチェセルに対してなのか、それとも師に対してなのか。 歌が終わるとまた手をとって、来た道を戻る。
一度。振り返って、深く礼をした。

夜になる前に家へと戻り、携帯食料をふたりで分けた。 いつもより近くにいたいのだろう。密着するように隣に座り、寄り添って。

テルプ・シコラ  1btg

……みんなを運ぶなら、何とか台車みたいなのが作れればなぁ…。
旅の疲れと、泣き疲れで、どこかぼんやりとしながら、 おこした火を見ているうちに、今にもうとうとと船を漕ぎそうな。

アノチェセル 18k0

…うん。
乾いて軽くなってるとはいえ、村人全員をあの岩場まで連れて行くのは一苦労だ。 もしかしたらもう一泊することになるのかもしれないと。
…お、大きな布あるといいんだけど…。 ふ、風呂敷みたいにして、背中に背負うの…。
うとうとし始めたテルプの肩を抱いて …眠ってて、いいんだよ…。ず、ずっと、こうして、手を繋いでる…から。

テルプ・シコラ  1btg

布、なぁ…。毛布とかで…、何とか…。
うとうと…。アノチェの言葉に ずっとは、いいよ…。ノチェもしっかり…休まなきゃ…… …………。

優しく横たえられて、そのまま深い眠りへと。

アノチェセル 18k0

少し気持ちに余裕が出て来た彼女は、家の中をじっくりとみることにした。 首を回して見回すように。 ぱちん、と火が爆ぜて。きらり、何かが光った。 棚の上、箱の蓋に挟まるように…金属のプレートが揺れる。

…え?…な、なんで…?どう、して…それが…。
彼女は目を見開く。見間違えるはずが無い。だってそれは…。 プレートに刻印された「85」の数字。 アルバとアノチェセルが名前を付けられる前につけられた数字。 それはアルバのドッグタグだった。

アノチェセル 18k0

乾いた涙のあとにそっと口付けをすると彼女は起こさないように立ち上がった。 棚の上の箱に触れる。 挟まっていたドッグタグが掌に落ちた。
ま、間違いないよ…。 あ、アルバのタグだ…。な、なんで…。
そう考えた後に思い出す。 旅に出る直前にアルバから封書を渡されたのだ。

「村に着いて、テルプが落ち着いたときに開けてくれ。いいか、それまでは絶対に開けるなよ」

そんな風に念を押されて。 今思えば少しアルバの言い方はなんだか含みを持っていたように思う。 眠るテルプから少し離れて座って、箱を横に。荷物から封書を取り出して、まず開けた。 中からまた封書と、手紙が出てくる。 手紙には孤児院のシンボルマークの封と「先にこっち!」のアルバの文字。 苦笑して彼女は手紙を読んだ。

愛する妹アノチェセルへ

この手紙を読む頃には、良くも悪くも落ち着いてるかな。

最初にこっちを読むか、あっちを読むか分からないから、先に書いとくな。 テルプの家の、棚に箱があるはずだ。 俺のドッグタグを挟んでおいた。直ぐに分かると思う。 俺が渡したものからでも、その箱からでも、どっちでもいい。 テルプの真実がそこにあるから。

なんで知ってるかって? 俺と、赤坂と、フェリクスとで、長いこと旅に出てたの覚えてるか? あれな、テルプの過去を掘り出しに行ってたんだ。 赤坂が、同じクランだからさ、テルプの仕送りが毎回戻ってきてるのに気付いて…。 それをフェリクスに相談したんだと。

俺がその事を知ることが出来たのはフェリクスが教えてくれたからだ。 お前さ、テルプと一緒に村に帰るのついていくって言ってただろ。 アイツは昔の事忘れてるっていうし、どうにも只事じゃないんじゃないかって思って、調べる事にしたんだ。 だから、お前がこの手紙を読むよりずっと前に、俺はテルプが昔何があったのかを知ってた。

…黙っててごめんな。 でも、こればっかりはお前がその目で見て、聞いてこなきゃ意味が無いと思ったから。 お前なら…いや、お前じゃなきゃ、出来ない事がある。 だからテルプに関する詳しい事は書かない。 戻ってきたら沢山話しような。 いい結果になることを祈ってる。

アルバ

アノチェセル 18k0

アルバ…。 …ありがとう…。

彼女は箱の中身を確認する事にする。 それは、今日聞いたばかりの彼の話が当時の気持ちのままに、綴られた手紙だった。 最初はたどたどしくも純粋な気持ちが書かれていて、彼女は笑みを浮かべるも。 枚数を追うごとに、体裁が整っていくのに反比例して気持ちに翳りが生まれているのが読み取れる。

うたってあげるね

えがおでいれば、しあわせ

みんなを幸せに

少しは、まともな生活に―俺がしてくよ

だいすきだよ

俺の歌、聞いて?

この歌は、なんだって出来る

俺の歌は皆を幸せにするんだ


最後の手紙を読み終えて。 何かに堪えながらもそれから封書の方の手紙を読む。


─寂しい─

彼の孤独が、閉じ込められていた。

アノチェセル 18k0

…テルプ…。っ…ひっ…う…。

もう泣きつくしたと思ったのに。 洪水のように涙が溢れてくる。 手紙を汚してしまわないよう、急いでしまう。

…お、おかあ、さんが…取って、おいて…くれ、たの、かな…。 …お、おかあさん、この、手紙…持っていくね…。 いつか渡せる日がくるだろう、貴方はちゃんと、愛されていたんだと。 そのときの為に。
彼女は、ずっと…今日一日ずっと、彼を想って泣いていたのだった。

テルプ・シコラ  1btg

……のちぇ…。

薄く開けた目に、…おそらくまた自分の為に。泣いている彼女が見えて のちぇ、ノチェ、おいで。……はんぶんこ、するよ。 手を伸ばして、柔らかい彼女に触れたところで、安心したのかまた、コトリと、 一瞬で深い眠りの中へと。

アノチェセル 18k0

てる…ぷ…。うん…。はんぶんこ…。 伸ばされた手を取って、寄り添って横たわる。 興奮で暫く眠れなかったが、やがて疲れが睡魔を引き込んで。

夢の中でも、支えられたらいい。 そんなことを思ったのだった。

テルプ・シコラ  1btg

眠りの底に着く前に、短い夢を見た。 俺はおおきな大きな黒い雲みたいな、重い荷物を持っていて。 自分の荷物をはんぶん、彼女が抱えてくれて、 ふらつく彼女を見て、……また俺がそれを半分持とうと提案したのだ。

そうやって、ふたりで互いの荷物を分けあっているうちに、 いつの間にか、荷物はほんの小さな、てのひらに乗るくらいに。 綿毛みたいな雲は風に吹かれて、ふわりと飛んで行って、 それを見て、ふたりで笑った、そんな夢だった。

彼女の笑顔は、目が覚めても、覚えてる。


-------------

テルプ・シコラ  1btg

入り口に立って広場を眺める。朝でも地熱のせいでじっとりと暑い。

アノチェセル 18k0

テルプの隣に立って。 …ちょっと、暑いね…。 い、いつもこうなの…?
…む、村の人たち…ど、どうしよう…。 は、運べる道具、探さないとだよね…。

テルプ・シコラ  1btg

……昔むかし、もともとは随分寒かったらしいよ。
色んな歌が伝わってるけど、その中に…この村のはじまりの歌がある。

テルプ・シコラ  1btg

俺らのご先祖さまは、砂漠での抗争に負けて、こんな高い山まで追いやられて。 不毛の土地で、凍えて死ぬしかなかったそうだ。 そこに現れた俺らの神様が、死にゆこうとしている民に、命を与えた。 尽きぬ炎と、温かい土地をくれたんだって。 その対価は、簡単なもの。

我が生命を与えた
我が子等よ
この地で音を奏で続けよ
身体、滅びし時には
その生命を
我が元へと返せ


……だから、モシュネーの民は、みんな神様の子供なんだって。

テルプ・シコラ  1btg

最初はね、作物だって育ったんだそうだよ。勿論小さなキビとかそういうやつばかりだけど。 山の神様からもらった温かい土地と、恵みに感謝して、ずっと生きてきた筈だったんだ。 神様との約束は、少しづつ歪んでしまって、 恵みの力は少しづつ弱くなってしまって。

自分の幸福の為に、どんどん自分と、周りの大切な人の首まで締めてしまっているの、 気が付けなかったんだと、思う。 多分、ちゃんと見て、ちゃんと考えていれば、分かったはずだったんだ。 語っているのは自分の事のように。
……ちゃんと、見なきゃ、いけない。

アノチェセル 18k0

そ、そっか…、神様はちゃんと、分け与えてくれてたんだね…。 その神話のようなお話を聞いて。

て、テルプ。 テルプと一緒に、か、神様に怒られに行くって話…。 あ、あれね、私、い、今でも本気だよ。 ね、テルプ…。 こ、ここの神様は、ち、違う民族の人が会いにきても、許してくれるかな。
わ、私…いつか、この身体が滅びる時がきたら、て、テルプの神様のとこ行きたい…。 そ、そしたら向こうで、また一緒に歌えるかも、しれないでしょ? …アルバには、さ、寂しがられちゃうかも、しれないけど…。

―魂を分けあった、双子はいつか、違う道を歩む―

き、きっとわかってくれるし、た、魂はんぶんこしてるから、違う神様の所にいっても、きっと大丈夫。 だから…。 えへへ、き、気の長い話…だよね…。

テルプ・シコラ  1btg

……ずっと、そうしてくれると嬉しいって、思ってた。 本当は、……村に来て欲しいって思ってて。だけどそれを言い出せなかったのは。 何処かで知ってたのかな、俺は。ここで共に生きることは出来ない事。

そうだな、だからいつか。終わりが来た時に。 ここに眠ろう。いつまでも、一緒に。ね。


広場へと歩みを進めると、リュートを奏でる。
──ノチェ。一緒に、おねがい。

旅立ちの歌を。

アノチェセル 18k0

うん。一緒に、歌うよ。 始まりの歌、だね。
リュートに合わせて、竪琴を奏でる。

テルプ・シコラ  1btg

嗚呼 母なる大地
我らが愛する
大いなる山よ

我らに 恵みを与え
我らを育てる 大地よ

あなたから生まれた人の子は
あなたと共に生きる

その土に立ち
その岩根に住まい

いずれ我らも
そこへと眠る
あなたの褥に
我らも還る

我らを抱くその腕で
優しくすべてを 包み給え

永遠《とわ》なれ 大地よ
その加護と 優しさよ
永遠《とわ》なれ


涙を流しながら歌ったのは、初めてだったのではないだろうか。
ずっと、楽しい歌ばかり選んできていたから。

アノチェセル 18k0

嗚呼 母なる大地
我らが愛する
大いなる山よ

我らに 恵みを与え
(…大地の神様)
我らを育てる 大地よ(どうか彼を許してあげて)

あなたから生まれた人の子は(私はあなたの子供と…)
あなたと共に生きる(彼と共に生きるから)

その土に立ち(喜びも悲しみも)
その岩根に住まい(全て分け合って)

いずれ我らも
そこへと眠る
(いずれ私もあなたの元へ)
あなたの褥に
我らも還る
(許されるのであれば 彼と共へ)

我らを抱くその腕で(どうかそれまであなたの慈悲を)
優しくすべてを 包み給え(彼と私に、お恵みください)

永遠《とわ》なれ 大地よ
その加護と 優しさよ
永遠《とわ》なれ

―Terra Legame―


歌と共に彼女は祈る。最後に小さく呟いて。 お互いに顔を見合わせる。 零れ落ちる涙もそのままに、二人、一礼をした。

  1btg

歌が響く。村を越えて、山へ、火の海へと。

テルプ・シコラ  1btg

ふたりが歌い終わった丁度その時だ。 突然響く地響きに、バランスを崩して
……!? ノチェ…! 手を、伸ばす、が。ぐらりと、目眩を覚えて片膝を付き。

きっと、かみさま、が おこってる… みんな、みんな いなくなっちゃったから… おれの まほう… おわっちゃったから…

少し怯えるように、苦しげに声を絞り出したテルプの前に、赤い光が現れた。

テルプ・シコラ  1btg

……のちぇ、に、さわるな…

その光は、テルプの声を無視してアノチェセルの前で2、3度くるくると、明滅して。 そっと、額に触れるような動きをした。 光の中心は大きな赤い宝石の結晶の様に見えるが、熱も、感覚も感じない。 ただ、ふわりとした感情の様なものが、アノチェセルの心に伝わってくるような。

「 やくそく ね まってる よ   さみしい から 」

光は彼女からすぅ、と離れると、テルプの周囲をぐるりと回り、…そのまま消えてしまう。

「 ここ の ぜんぶ もらう よ 」

アノチェセル 18k0

赤い光が彼女に触れる。 伝わってくる何かに
(さみしい、か…。彼とおんなじなんだね…。 さみしがりの神様…。うん、やくそくね)

にっこりと笑って。 光が消えていくのを見守る。

テルプ・シコラ  1btg

地響きは激しくなる。 ふらつきながら、立ち上がり、アノチェの手を取った。
……大丈夫? 何か、されてない?

向こうの山の、岩が裂けて、火の海が流れ出るのが見えた。 ……逃げなきゃ。ノチェ、行ける?

アノチェセル 18k0

うん、大丈夫。 や、約束しただけ。

うん!い、いけるよ!
大きくなる地響きにふらつきながら、彼の手を取って走り出す。

  1btg

笑顔の彼女に、ほっとして。 あとは転がるように走った。手を、離さぬように。

振り向くと、炎に飲み込まれる故郷が見えた。 ずっと、誰のためにか、鐘を鳴らし続けていた塔だけが墓標のように。 最後に、それをしっかりと目に焼き付けて。

アノチェセル 18k0

焔の…神様の腕に抱かれて、村はに呑み込まれていく。
………か、神様の元に送る前に、神様から、迎えに来てもらっちゃったね…。 でも、これで、み、皆、ちゃんと生まれ変われるね…。 振り返り、そう呟く。

テルプ・シコラ  1btg

やっと山を降りた頃には、もうふらふらだった。 砂漠を前に、これからの道程の長さに思いを馳せる。けれど。
……無事で、よかった。

テルプ・シコラ  1btg

ありがとね。ちゃんと見てもらえて。ちゃんと思い出せて。…よかった。

重ねてきた過去の上に、確かに今がある事。 君が側に居てくれること。

──俺は、幸せだな。 そう言って、笑った。

アノチェセル 18k0

……ううん、お、お礼を言うのは…私もだよ。 ずっと、欲しかった、音を…くれて。 思い出してくれて…分け合ってくれて、ありがとう…。

汗と泥で二人ともヨレヨレで、身体はくたくたなのに、心はとても晴れやかだった。

テルプ・シコラ  1btg

泥にまみれた顔を、アノチェセルへと。 愛しさに溢れた瞳で、黙って見つめる。

アノチェセル 18k0

ふと…、彼の真剣な目線に気付いて

……テルプ?

テルプ・シコラ  1btg

ね、改めて……。

我侭で、強欲で、自分勝手で。間違えてばかりの俺と。 君が好きで、歌が好きで、楽しいことが大好きな俺と。 砂ばかり、何も無い不毛の大地で、跪く。



どうか、一生、共に生きてください。


前のプロポーズとは違う。 指輪も何も、渡せるものは何も無い、汚れた手を差し伸べるだけの。 これが本当の俺だった。

アノチェセル 18k0

「どうか、一生、共に生きてください」

土に汚れた手を差し伸べられ、跪く彼に。 言葉が胸に、心に響いていく。 そっと彼の手を取って、同じ位置に跪いて。それからその手を自分の頬に擦り寄せた。 泥で汚れることも構わず、むしろ嬉しそうに。

アノチェセル 18k0

…うん…うんっ…。
い、一緒に、生きるよ。ずっと、一生。 透明な雫が彼の手を、伝う。 土が、水に洗われていく。
ね、私も、い、言っていい? あ、あのね。

と、共に、生きて、ください。私と、一緒に。

えへへ…、ぎゃく、プロポーズ、してみたかったんだ…。
少し、はにかんで。

アノチェセル 18k0

あ、あとね、も、もういっこ、わがまま…。
いつもなら照れて恥ずかしがる彼女が、真っ直ぐに、見詰めて。
ち、誓いの、キス…欲しい…。

何もない砂地で、交わすからこそ、この誓いはきっと意味がある。 そう、思ったから。

テルプ・シコラ  1btg

彼女の、夜空の様な瞳に、自分の顔が映っている。


……ずっと、ずっと。共に在ることを。誓います。


そう言って重ねた唇は乾いていて、砂に汚れていたけれど

いつでも、どんな場所でも微笑みを、歌を忘れぬ彼女を象徴するように、 彼女の唇は、とても甘く、柔らかかった。

イラスト:かげつき

そこから戻る道のりは、やはり険しくて。 くたくたの身体には堪えたものではあったけれど。 とてもとても、満たされた気持ちで帰ったことを彼女は覚えている。

二人常に、砂漠の照りつける太陽の中でも、寄り添って、微笑みあって。 町に戻って取った宿では、眠る時まで色んな話をした。

「戻ったら直ぐに式をあげよう」

そういってくれた彼に嬉しそうに頷いて。 きっとそれぞれ家に戻った後、より忙しくなるだろう。

もう要らなくなった鈴の音はシャラシャラと。 忘れるためだった鈴の音はシャラシャラと。

今までとはまったく別の意味を持って、奏でられるのだ。 それはきっと、長い長い旅が終わった彼への。 ふたりで踏み出した、新しい旅立ちの歌。