記憶のひとかけら
第ニ期:変わっていく
(扉が細く開けられて、その隙間から覗くのは陰気な顔。部屋の中を見回し、目当ての人間がいる事を確認すると、のろのろと入ってくるのは猫背の)
……あの、すみません。いつもうちの詩人が、お世話になってます。
これ、うちの天野が天命込めて育てた林檎だそうです。よろしければ皆さんで…。
(ぼそぼそと、籠に入った林檎を差し出すと、奥のソファーへと目をやって)
……あの、フェリクスさん…、今、ちょっと大丈夫です?
(意外な来訪者だったのか、陣取っていたソファーから降りて近寄ってくる)
赤坂か?珍しいな。オレに何の用だよ。時間ならあるけど。
(差し出された林檎を見やり)あ、これ貰っていいの?
天命込めてってちょっと重くね?まあいいや、どーもな。(早速一齧り)
やっぱり普通に「丹精込めて」みたいなのの方がいいですよね…。
天野さんに伝えておきます。
えっと、用事っていうか、ちょっとご相談っていうか。テルプさん、の、事なんですけど…。
その、仲良くしてくださってるみたいだから、って思って。
(自分から来たというのにどう切り出そうか悩んでる風で)
えっと、テルプさん、何か自分の村に仕送りしてるみたいなんですけど
…ご存知、ですか?
えぇと、あれ、あの人いつも郵便でお金とか? 送ってるんですけど。
──届かずに返って来てるんです。ぜんぶ。
…郵便やさんに聞いてみたんですが、その、住所には、もう誰も住んでないそうで。
テルプさんに問いただそうとしてみても何かワケ分かんないこと言って誤魔化すっていうか
そもそもこっちの言ってること理解してないみたいな風でほんとちょっとおかしい感じで、>
別にあの人ひとりがおかしくても全然構わないんですけど
アノチェさんと一緒にその村に行くとか言い出してて僕どうしたらいいか、
ねぇ、僕、どうしたらいいでしょう。
(最初は考えながら話していた様だが、途中からとても支離滅裂な感じになっている)
……。(ただならぬ様子に、齧りかけの林檎を片手にしばらく黙って聞いて)
まあ落ち着けよ。酒飲む?あ、別のもんの方がいいか。
…姐さんの珈琲あるけど、オレそんな詳しくねーから自分で淹れた方がいいだろ。
(そう言って話の腰を折り、無理矢理豆やコーヒーミル等一連の道具を彼の前に置く)
とりあえず、落ち着いて少し整理しよう、な?…オレだって、
あいつがアノチェセルとそう仲良くするって言うなら、応援してやらんでもないし。
できることがあったら協力するから、さ。
…あぁ、ありがとうございます…。そう、ですね。整理、ですね。
(渡されるままに受け取ったミルで無心で珈琲を挽いている。良い香りが漂ってくる)
えっと。……以前、──アノチェさんがその、転生する前の事なんですけれど、
テルプさん、彼女の名前も、その存在も全部キレイに忘れていた時があったんです。
その、彼女が「死亡」して、戻ってくるまでの間、ずっと。
だから、多分あの人にはそういう…ちから? 才能? みたいなのがあるって思うんですけど、
そんな風に。
【自分の村に、自分の送ったものが届いていないという事実】を。忘れている、みたいで。
(言葉が途切れる度にミルを回して自分を落ち着かせているようだ)
そんな、忘れたままで「誰も住んでいない」かもしれないその住所に行って。
どう振る舞うのか。結局行かないままなのか、それも分からないんですが。
…アノチェさんに、話をした方がいいのか、
そっとしておいたほうが、いいのか。それすら。と思って。
お知恵を貸していただければと。そう思って。
(ゆっくりと、ハンドルを回している)
(漂う香りに、食べ合わせが悪いかな、と林檎をお手玉のように弄ぶ)
…ああ、テルプの声、「力」があるもんな。
まじないごとには才能がないから詳しくは知らねーけど、
あいつならそうやって綺麗さっぱり消せるだろ。
正直、オレもアノチェセルが死んだ時は忘れようとしたよ。…テルプの時も。
薄情だと思うかもしれねえけど、いや、実際薄情なんだけどよ…
…いらないんだよ。詩人として仕事をする、楽しい歌を歌うのには、
悲しい記憶は、嫌な記憶は、忘れてやんなきゃいけない。
そうじゃないと歌で心を動かせない。歌は喋りよりも正直だから…。
(そこまで言った所で、かぶりを振って)
……いや、持論だから、あいつがそうとは限らねーけど。
ただ、わかるんだよ。忘れたい気持ちっていうのが。なかったことにしたい気持ちが。
(頭を掻きつつ)
まあ、そのままアノチェセルとそうやって村に行かれるのは、問題だよな…。
な、アノチェセルに話をするのは待って、少し調べてみようぜ。
どうしてテルプの故郷の村には誰もいないんだ?まずそこからじゃね?
幸い、オレは今ギルドには縛られずに動けるし。何より気になっちまったしな。
(どうよ、と顎でミルを指す。いい塩梅ではないだろうか)
イラスト:かげつき
(ひどく驚いたような顔をして、フェリクスさんを眺めている)
あ、あの、ですね。失礼、な、話ではあるんですけど。
僕が貴方に話を持って来たのは、その。
(俯いて、目をそらして)
以前、仲良さそうだったテルプさんとアノチェさんを見た時に。
フェリクスさん、「見なかったことにする」って、行っちゃったじゃないですか。
貴方がそういう。ドライっていうか、無かったことに出来るっていうか。そういう、とこ。
知り合いとはいえ、厄介そうだって思ったら知らない振りを出来るような、
そんな、風に、勝手に、思ってて。
(身体を小さくして、ミルを持つ手を固く握って、何だか泣きそうな顔。
ただ外側を見るだけでは触れられぬ、彼の思いを聞いて)
…ごめんなさい、僕は、そんな、当たり前の事。
(手元の珈琲を思い出すと、のろのろと準備にかかる)
なんだよ、実際その通りなんだから謝ったりなんかすんじゃねーよ。
嫌なことは考えたくねーし思い出したくもねー、でも余計な心配だってしたくねーんだよ。
歌と音楽で食ってくためには身も心も身軽でなきゃな。
(お前は色々気にしすぎ、と笑ってその猫背をばしばし叩く)
(背中の衝撃に背筋が少し、伸びるような。困ったように口元だけで笑みを。)
──テルプさんの村は…っていうか、宛先は、南方…砂漠の方で。
あの辺、砂漠に小さな集落が点在してて…
定住しない部族とかも多くて地図が作りにくいらしいんですが。
郵便やさんが言うには、昔鉱山だった場所、らしいので、
位置は多分、間違ってないと思うんですよね。廃坑になってるそうです。
調べるって、…記録とか、ですかね。
記録とか…はそんなに期待できねーかな。口伝のとこの方が多そうか…。
近所の集落とかも当たってみようか。後はやっぱり同業者かな。
吟遊詩人ってのは元々伝承やら出来事を伝えるのが仕事なんだから
専門分野って言えば専門分野だし。
まあ少し時間くれよ。
あいつらには内緒にして、村に帰るのもなんとなく引き止めてもらってさ。
……当たって、って、実際に行くってことですか?
(しばらく目を瞬かせていたが)
すみません、本当に、厄介な事持ち込んで。その。…ありがとうございます。
えっと、じゃ、僕の方はテルプさんから聞けること聞いて
役に立ちそうな情報があったらお伝えします、ね。
一応こちらでも何か、記録みたいなのが無いか調べておいてみます。
アティルトの図書館は新聞とかもたくさんありますし。
……珈琲、飲まれますよね?
は…?え、行くんじゃねーの?調べるんだからよ、普通そうだろ。
というかつまり何?お前本当にどうすればいいのか相談にだけ来たの?
謙虚っていうか期待してねーっていうか……。ま、いいけど。よろしく頼むぜ。
(話が一段落ついたところで、)
あれ、オレの分まで用意してくれてたんか、どーもな。
(自分の分のカップと砂糖を持って来る)
僕は。…自分の意志で何かが変わってしまうのが、怖いんですよ。
中途半端でも、心配事があったとしても
「今のまま」ならば、それ以上悪いようにはならないじゃないですか。──
自然に、手を下さずにそうなってしまった事ならば、仕方ないじゃないですか。
(手早く温めたカップに、ゆっくりと珈琲を注いで、そっと差し出す)
ここから動きたくないって、駄々こねてる。
仕方ない、で、済ませたい。だけど、後悔は、しちゃうんですよね。
だから目の前で事態が動きそうで、何だか、どうしていいか分からなく。
(ふぅ、と、珈琲の香りに、息をつき)
フェリクスさんに、お話出来てよかった、です。
そう、ですよね、取り敢えず調べる、だけならば、何も変わらないですもんね…。
すみませんが、よろしく、お願いします。
(笑顔で、前向きなのか後ろ向きなのか、よく分からぬ発言を)
(珈琲を受け取って、一杯だけ砂糖を入れる。微糖が好きらしい)
…まあ、停滞してる方が幸せなときもあるよ、な。
(と、少し不満げに小声で漏らしつつ、珈琲を口に含み)
ま、あんま深く考えなくてもなるようになるだろ。
とりあえず調べるだけやってみようぜ。へへ。
(いつの間にかカップを空にして、再び林檎を齧り始めていた)
はい。…その、よろしくお願いします。
(淀んだ時間が動き出し、新たな風が吹き込むような感覚。その変化を、相変わらず少し恐れるような気持ちで、深々と礼をした)
また別の日。
赤坂の相談を受けたフェリクスは、アルバの元へと。
(促されるまま椅子に座って、)
…ああ、テルプのことでな、少し相談というか、頼み事というか…。
お前も多分、あいつがオレと同じで嫌なことはホイホイ忘れられるって
知ってると思うけど、それに関係あることでな。
赤坂がな、相談を持ちかけて来たんだよ。
「故郷に仕送りしてるようだけど、荷物が戻ってくるんで
おかしいと思ったらもう故郷の村には誰もいないらしい」ってな。
そんでテルプ本人にそのことを聞いても意味がわかんねーみたいな反応されるんだと。
そんな状態のままアノチェセル連れて故郷に戻るとかされたら正直何があるかわかんねーじゃん?
オレだって友達のことだからあんま変なことになるのは避けたいんだよ、
だからさ、ちょっとそのテルプの故郷に行って調べることにした。当然赤坂にも手伝って貰うけどな?
それで、頼みは2つだ。
まずは…オレらの調べ物のことを報告するから、
その目処が立つまであいつらをテルプの故郷にまで行かせないようにして欲しい。
特にアノチェセルな。まあお前が頼めば素直に聞くだろ。
もう一つは、できればでいいんだけどよ。お前も来る?マッカの方だから遠出になるけど…。
あー…。だな。
(いつかの転生直前、聴こえた歌、言葉を思い出して)
吟遊詩人ってそんなんばっかなの?いや、嫌味でなくてさ。
(テルプの村に関する事情を黙って聞くと、独り言を呟くように)
…ああ、そうだな、俺も行く。
てかそれ聞いて「行かない」選択肢ねーよ。
(がしがしと頭を掻く)
俺だってアイツと…そうだな、ダチ?おにいちゃん?…に、なるのかはわかんないけど、まああいつ等には幸せになって欲しいからな。
その為にはなんだって協力するさ。
アノチェの説得と言うか、引き伸ばしは任せてくれ。
他にも準備があるだのなんだの言えば遅らせられるだろ。
…あんがとな、フェリクス。
俺に話してくれて。
アノチェはいい友達に恵まれてるな。
(嬉しそうににかっと)
お…おい前のこと思い出してんじゃねーよ!!!礼とかもやめろや!
オレはただ、あいつらの歌に妙なのが混じってほしくねーだけだっての!
(相当むず痒いようだ。頭をガシガシと掻いて話題を変えて)
ま、まあそういうことだから、よろしくな。赤坂から連絡あったら伝えるからさ。
お前が話わかるやつで助かったぜ…。
なんだよ、ツンデレか?
素直に礼を言われたら素直に受けたほうがスマートでかっこいいぞ?
(あんま人のことは言えねーけど…と付け加えて)
ん、了解だ。
連絡まってる。
杞憂で済むといいけどな…。
ツンデレとか言うな…!
(用事は済んだようだ。少し緊張していたのか、大きく息を吐いて)
そういやアノチェセルなんかあった?ちょっと雰囲気が変わって、ね……?
(と口に出したところで心当たりが見つかったのか、表情を変えて、やばい言うんじゃなかった、みたいな顔に)
っつーかあいつらマジかよ。最低だな。(とりあえず言っとく。さも気分が悪そうに額に手をやって)
うっわ……気付くんじゃなかった……。今後どんな顔して会えばいいんだよ…。
今すぐ記憶から抹消したい……。すまん、落ち着くまでここに居させてくれ……。
(うわ言のように「マジかよ…」とか「ロ○コン…」とかつぶやいている。ほぼ死んでる)
…「最低」にアノチェ入れてるなら訂正しろよ?
(目が据わっている。マジだ。テルプについては特に訂正はしなくていいということなのか…)
お前偶にだからいいじゃんかよ!
ほぼ毎日顔合わせてる俺の身にもなってくれ…。
(先越されたし…威厳が…という呟きが聴こえる。アルバに彼女はいないので当たり前だが)
(落ち着くまでここに…というより二人して死なばもろともの体制である)
ふたりがそんな話をしていた別室では、
クレメンティとアノチェセルとサファイアと、の女子会が開かれていた。
恋人との夜の過ごし方♡とか、あれやこれや♡、だとか。
男子ふたりにその会話が聞こえていないのは、本当に幸せなことだっただろう…。