笑顔を届けに
第ニ期:二度目の巡りで
(チェイネルさんから預かった手紙を鞄に入れて、僕は北の帝都ノイゼントルムへとやってきた。
「最も深き森」の、小さな小屋に、彼は住んでいるらしかった。大事な思いを背負っていると思うと何となく気合が入る…ような気がしたが、いつもと変わらぬ胸を張らぬ姿勢のまま)
ごめん…ください… ビリーさん…?
お、お届け物です…。えっと、笑顔の。
(言ってみてから激しく後悔して、どんよりと肩を落としてしまう)
…あの、すみません。忘れてください。
チェイネルさんから預かったものがありまして。
入らせて貰っても、いいですか?
ふっ ふがっ!
(何するんですかっ と言いたげに見上げる)
イラスト:かげつき
わすれてくだひゃいって言ったれしょ!
とりあえず離してくだひゃい!
(何とか抜けだしたのか、手を緩めて貰ったのか、伸ばされてしまった頬をさすりつつ)
お手紙をね、渡して来ました。皆元気そうでしたよ。
丁度チェイネルさんがお出かけの時で
ヴァンくんがしっかりおもてなししてくれて。
(椅子の上へと置いた荷物をほどきつつ)
着替えと、何かこまごました物と…
このカレーは、チェイネルさんが子供たちと一緒に作ったそうですよ。
僕のとこにも持たせてくださって、すごく、美味しかったです。
あと、この写真をね、現像できたから、どうぞって。
(折れ曲がらないように封筒に入れてある写真を、懐から取り出す)
ほんと、みんなかわいく写ってる。
(コーヒーをテーブルに置き、出された荷物を眺める。小さなかばんの割には「ああ、欲しかったんだよなこれ」と思うものが沢山入っていたようで、耳が過敏に反応を示す)
・・・・・。
(封筒を受け取り中身を開く。 くぅ、と息が漏れ)
”俺が撮った”
(とだけ書くと写真をじっと眺め始めた)
(赤坂の言葉に頷いては尻尾を振っている)
ああ、そうなんですね。どうりで、皆いい顔のはずだ。
(そこにあるのは幸福な家族の縮図の様で、自然に笑みが漏れる。ちくりと胸を刺す痛み以上に、慈しみの心が溢れてくる自分自身を不思議な気持ちで眺めながら)
笑顔は、人に分けられるんですって。チェイネルさんが。
ホント、素敵な人ですね。
(ビリーさんの胸元に目をやってペンダントの存在を思い出す。ふふ、と、可笑しそうに、幸せそうに笑いながら)
たくさん、頂いてきたんでした。笑顔を。
ビリーさんに届きますようにって。
(照れているのか頭をぼりぼり掻いて、ホラ、さっさと飲めよ、とでも言うようにコーヒーを押し付けた)
”ただのおせっかいだ、無駄に世話焼いちまったならすまないな”
(胸元に視線を感じ、シャツと体毛に隠れたペンダントをいじる)
”〜・・・”
(何か書こうとしてはぐるぐると塗りつぶして耳を伏せている))
あ、はい、頂きます。
(笑顔がどうも、にまにまとしたものになってしまう)
あ、あと、お土産のー、相変わらずの珈琲豆ですけど、どうぞ。
(机の上に豆の詰まった袋をずしりと置いて)
──そういえば、珈琲豆の栽培、うまくいってらっしゃいます?
ずっと気になってたんですよ。
へぇ。なんか、こうして見ると観葉植物としてもいい感じですね。
観葉植物なら、葉っぱに霧吹きで水をかけてやったりすると
元気になったりするイメージなんですけど…どうなんでしょう。
ふふふ、いいですねぇ、珈琲の苗を見ながら珈琲を飲む…。
思いつきもしなかった贅沢です。
(苗の前でカップを手にニヤニヤしている。きもちわるい。)
うちも買おう買おうと思いつつどうもバタバタとしていて。
これって何処で買われたんです? 普通の花屋とかには置いてないですよね。
えっ 作る…って 何を? どのレベルで?
(ニッパを持った手が止まり)
”ああ 買ってないのは苗か 霧吹きかと”
(彫金細工の工具ケースにニッパをしまいこむ。
早とちりしていた自分に気恥ずかしさを隠せないのか耳が垂れた)
”苗ならあれだ ゾンビ連中に頼んだ。あいつらも育てているらしい。”
(芋づる式に以前ヴィゾンが土を取りに来たことを思い出す。あの後苗の様子を見に行ったら、異様に成長していたような・・・)
”腐葉土なら此処のを使ってもいいぞ”
ああ、なるほど、霧吹き…
いや、霧吹きだとしても、作れるもんなんですか、あんなの。
…いや、そりゃ、何だって、誰かが作ってるものなんでしょうけど。……
そういえばマナちゃんの髪飾りも
おとうさんに作ってもらったって言ってたっけなぁ。嬉しそうに。
器用なんですねぇ。…2物も3物も、与えちゃうんだもんなぁ。不公平だ。
(最後の言葉は口の中で呟くように)
…あぁ、墓荒しさんとこですか。
僕も、お願いしてみようかなぁ。そもそも園芸とか自体が初めてで、どきどきするな…。
ふと外を見ると日が傾きかけている。この時期の森は暗くなるのが早い。
腕に自信があるワケでもない。少し名残惜しく思いながら。
じゃあ、……そろそろ、お暇させてもらいます。
表の土、腐葉土? いただいて行きますね。
(珈琲を飲み干して、席を立つ。
…いつもより少しは、笑顔で居られただろうか。届けられただろうか)
(うぅむ、と唸って首をひねり)
”流石に難しいか。あいつは?あの首にゴテゴテ宝石つけた奴”
(どうやらテルプの事を言いたいらしい)
”彫金細工は、な ある人物から教わったんだ”
(一瞬瞳に陰りが見えたが、すぐに顔を上げ)
”お前だって一人前に治癒術が使えるだろ。俺からすれば凄い事だ”
(自分は止血くらいしかできないからな、と書き加えて。)
”ま お互い情報交換していこう。いい肥料や情報が見つかったらもっていく”
(席を立つ赤坂を目で追い、マフラーを投げた)
”風邪ひくなよ。笑顔ありがとう”
わ…、あ、ありがとうございます…。
また、今度来る時に、ちゃんと綺麗にしてお返ししますね。
(首元にしっかりと巻きつけて。
とても暖かいのは、ビリーさんの優しさを感じるせいでもあろう。扉を開けると、外の冷たい空気が部屋へと入ってくる。これは、急いで土を詰めて行かないと。)
じゃあ、また。
ずっしりと袋に詰めた土を背負って。
ビリーさんに手を振り返しながら。
何度も振り向いてしまったのだけれど、ビリーさんは僕が見えなくなるまで、
扉の前で見送ってくれたのだった。