孤児院の主たち
第ニ期:恋人
クラン「とある孤児院より」
孤児院の主とその妻……アルバとアノチェセルがおじさん、おばさんと呼んで慕う育ての親。
行方が分からなくなっていた彼らの消息の、ほんの小さな手がかりが見つかった。
アルバとアノチェセル、そしてサファイアは、僅かな希望、その可能性にかけて、
遠く東のイズレーン皇国へと向かったのだった。
険しい山を越えてたどりついた診療所で、彼らは両親を見つけた。
……意識不明で、ベッドに眠り続けるふたりを。
彼らは、冒険者を騒がす「天命喰らい」 …その先陣に襲われ、ずっと意識を失っていたという。
衰弱しながらも、養母であるおばさんを見た時、双子たちは忘れていたすべてを思い出した。理解した。
前の巡りで、…消えてしまった少女、一葉。
記憶を失くしたその少女こそ、養母の心が姿を変えた存在。
彼女は投影体として、双子たちの側で。その魔力が尽きるまで、ふたりを見守っていたのだと。
そして、ふたりに心配を掛けさせまいと、ふたりの記憶を歪めて…自分の事を忘れさせていたのだと。
天命喰らいに対抗する為に作られたという薬を飲ませ、両親の回復を祈る。
今の双子には、ふたりが目覚めるのをただ信じて、待つしかなかったのだった。
孤児院へと帰ってきた3人の元に、テルプがやってきた。
(ぴょこぴょこと入り口から覗くアホ毛を子供たちに見つかり、つんつん引っ張られたりしながら中を見回して、目的の彼女を見つけると手を振って)
あ、アノチェー、旅から帰ってきたって聞いて。無事で、よかった。
(少し躊躇いがちにアノチェの手をとり、ぎゅっと握って、両手で包んで。
ちゃんとそこに居るのを確かめるように。)
──おかえり。
アルバも、サファイアもお疲れ様。
あ…。
(その姿を確認した途端に、張り詰めていたものが切れた気がして。包まれた手の温もりに視界が歪みそうになるのを、ぐっと堪えると笑顔を作る)
へへ…ただいま。
わ、わざわざ来てくれたんだね、ありがとう…!
何だふたりとも。忙しそうだな。もうちょっとゆっくりして行けばいいのに。
(にぎにぎと握った手を引き、頬に寄せて、嬉しそうに笑う。そのままやわらかな手の甲に口付けたりして。見てるほうが恥ずかしくなるいちゃいちゃっぷりには自覚が無いらしい)
うん、俺も、嬉しいよ。
(もどかしい気持ちを押さえながら、ゆっくりとその身体を引き寄せて、キスを髪に、頬に、身体の先から次第に中心へ、確かな場所へと)
(先程一瞬見えた、表情のかげりの様な。
何も無いと言われてしまうと忘れてしまう程度の小さな違和感)
……何か、あった?
(何かあったの?と聞かれなければ、そのままやり過ごそうと思っていたのに)
………テルプ…凄いなあ…。
お、お見通しなんだもの…敵わないなあ…。
(笑顔が崩れてしまうのを見せないように、テルプの肩口に顔を埋める)
……あ、あのね…おじさん達に…会えたよ。
お、おばさんの事も、思い出した…。
でも…おじさんも、おばさんも、意識不明で…。ずっと、前から…そうだったみたい…。
わ、私、気付かなくて…もっと早く探しに行くべきだったって…情けなくて…。
ずっと、守られてた…。…私達、まだ全然だったよ…。
(じわりと、目頭に熱が篭る)
思い、出したんだ…。そっか……。
(少し複雑そうな表情を浮かべるが、彼女が顔を上げると笑顔を返す)
……そっか。
…多分ね、アノチェも、アルバも、…もう守られなくて大丈夫になったんだよ。
大人になって、強くなって、自分たちで歩き出せたから、
だから、見つけ出せたし、思い出せた、…んじゃないかなって、俺っちは思うよ。
おじさんもおばさんも、ちゃんと2人が探しに行くまで待っててくれた。
だから、大丈夫。今度はふたりが、守ってあげる番だよ。
大丈夫。……俺もついてるし、な。
………………。
(言ってから、急に居心地の悪そうな顔で真っ赤になって) あー、こういうの、向いてない。けど、本気。本気だよ。 ね、力になれる事あれば、何でも言ってよ、ね?
う、うん、そうだよね、今度は私達が守る番なんだ…!
(顔を真っ赤にしながらも自分の為に「力になる」と告げてくれる。その事が本当に嬉しくて。周囲にまだ誰もいなことを確認すると、真っ赤な彼の頬に軽く口付けをし)
へへ…!あ、ありがとう…!
…テルプが居てくれるだけで…わ、私は頑張れるよ…!
(そうはにかむと、何かを思いついた様子)
あ…!そ、そうだ…!
じゃ、じゃあ。一緒に歌おう?
楽しい歌、歌お?
(柔らかい唇、柔らかい笑顔、彼女の為に歌えることが)
ああ、それなら、任せて!
一緒に、歌おう!
(溢れてくる、止まらないメロディーに歌を乗せて。伝え切れない想いが、もどかしくて)
ねぇ、アノチェ。君のために歌えるのが本当に、嬉しい。
ね、だいすき、大好き。あいしてるよ。……嬉しいんだ。
(うれしくて、うれしくて、何故か涙が溢れてきて。それを拭うこともせずに、思い切り声を響かせた)
(竪琴を取り出すと彼のメロディーに寄り添うように、旋律を奏でる。あの酒場での一夜のような…いや、関係が変わった今ならきっとそれ以上の斉唱を)
わ、私もだよ…!
わ、私、この職業で、本当に、よかった…。
テルプと、歌えるから…。テルプと、一緒にいられるから…。
(溢れる思いを、歌で交し合う。彼の頬に伝う涙を、代わりに拭って…拭いきれない涙が、やがて自分の瞳からも零れ落ちて…)
すき。
テルプ…大好きだよ。
イラスト:かげつき
響く歌声はやがて孤児院中に広がり、子供達が集まって…アルバが何事かと降りてくるまで続くだろう