こちらへおいで
第ニ期:恋人
アーノーチェー♪ やっほ。
(ぴょこりとアホ毛を揺らしながら現れる)
えっと、孤児院の子供らに聞いたんだけどさ。
誕生日、だったって? ……おめでとうな。
そう。アノチェセルの誕生日がクリスマスイブの日だったと聞かされた。
祝福の言葉が遅れてしまったけれど。
……あっそうか。アルバも同じ日か。おめでとさん。
(わざと、ぞんざいな感じで片手を上げて)
あ…!テルプ…!
うん…!そ、そうなの…。
ご、ごめんね、言ってなくて。
そ、その、私達の誕生日って「拾われた日」だし、ま、周りはほら、みんな楽しく過ごしてる日だから言いづらくて…。
へへ…ありがとう…。嬉しい。
アルバ「はいはいどーも。ありがとさん」
拾われた、日、か。そっか。
「ここ」で、歩き始めた記念日だもんな。
(あまり楽しい話では無い、と、アルバから聞いていたふたりの幼いころを思い浮かべて、今、ここに立つ二人を眺める)
…へへ、俺も、うれしい。
はい、大きいの買えれば皆で分けてーって言いたいとこなんだけど、
まぁ、その。少しづつだけど、気持ちだけでも、ふたりで食べて?
(押し付けるように差し出した紙の箱の中には掌に乗る程度の、
小さいけれど、チョコやベリーで綺麗に飾り付けられたタルトがふたつ)
うん…!ひ、拾われるまで、この日…好きじゃなかったから…。
(目を細めて箱の中のタルトを見つめると)
…本当に、ありがとう…!
(テルプに向き直って微笑んだ)
わ、私、テルプに言われるの、一番、う、嬉しいかも…。
ね、ねえ、テルプは誕生日いつなの?
そ、その、わ、私も贈りたいから…。
ん、大事なふたりの特別な日だからね。
喜んで貰えると、うれしい、よ。
(特別感など全く無い、さらりとした物言いではあるが
、笑顔で逸らした視線には少々恥じらいが混じっている様で、軽く鼻の頭を掻いてみたりして)
……俺の誕生日?
俺っちのとこ、個人の誕生日祝う風習無かったから、知らないな…。
その代わりね、山の神さまのお祭りの時に、
その年3歳になる子供らの祝福の儀ってのがあって。
それが終わると、やっと村の一員って認められるんだ。
…まぁ、誕生っていうとその時になるのかなぁ。
ひ、日にち。日にちは……冬が終わって、昼と夜の長さが丁度同じになる日。なんだけど。
春分の日 3/20・21 ですが この世界で当てはめてしまっていいものか。いいよね!
わぁ…!
じゃあ、村の人全員が同じ誕生日なんだね…!す、素敵だね…!
わ、私も本当の誕生日、わからないから、同じだよ…!
(日にちを教えてもらうとにこり、と笑って)
わ、わかった…!
そ、その時に、い、いっぱい砂糖(という名のお菓子)作ってお祝いするね…!
へへ、今から楽しみだなあ…。
(えへへ、と、ふたりで顔を見合わせて笑い合う)
あ、そういえばさぁ。ふたりを拾ってくれた人の、写真があるかもって聞いたんだけど。
見れるかな。何ていうか、ご挨拶、みたいな。
う、うん…!あるよ…!
あ、でも…
(と、少し戸惑っていると、アルバが「話はしてある。大丈夫」と肩を叩くので、頷いた)
そ、そっか、し、知ってるんだね。
うん…よ、良かったら、会っていって…!
(書庫に案内する。古びた図書館の一室のような其処は、綺麗に整理されているようだ。その中の、一冊のアルバムから写真を一つ抜き出すとテルプに差し出した。写真は古ぼけてる。若い頃の写真らしい)
イラスト:とある孤児院より さま
わ。かっこいいな。
(思わず声が出た。真っ先に目に入ってきた精悍な顔つきの男性)
これが、おじさん、かな?
すごいな、何か華やか…ってのとは違うんだけど、
…人目を引き付ける煌きみたいなのがあるように感じる。カリスマってやつ?
(その隣の女性は、穏やかに笑っていて)
横のねーさんは。あー、何か、アノチェに似てる、な。
うん!その人がおじさん。
か、カッコイイよね…!あ、アルバしょっちゅう剣の稽古してもらってたんだ。
お、同じ髪色だったから、それも嬉しかったみたい。
ほ、本当の親だったら、よかったのにって、私も思ってた。
おばさん、わ、私に似てるの?
アルバから聞いてると思うけど、わ、私には見えないから…。
うん。すごく優しそうで、……聖母、みたいな、感じ。 ふたりのとーちゃんとかーちゃんだって言われたら、信じちゃうな。 受け継いでるものが、生きてるんだねぇ。ふたりの中で。 (勝手な感想を、しみじみと)
(アノチェセルとアルバにはこう見えているらしい。簡単に絵を描いて説明する)
イラスト:とある孤児院より さま
はぁ…ほんとに見えないんだねぇ…。何か術でもかかってるんだろうか。
(不思議そうに、写真をひっくり返してみたり透かしたりしてみてる)
えっとね。こんな、感じ。優しく、見守ってくれるような、柔らかい笑顔。
(絵に書いてみた。うむ似てる、と、満足そうにうなずいているが、
となりのおじさん?の絵を見る限り、まあクオリティはそんな感じだ)
イラスト:かげつき
(一生懸命描いてくれているテルプを微笑ましく見ている。絵心的に伝わらなくても、伝えようとしてくれてることが嬉しいようだ)
そっか…うん、そうだよね、だ、だって私達に星を付けてくれた人だもの…。
む、昔の事まで思い出せないから、いつからそうなのかも分からないの…。
で、でも、おじさん達が遠征に向かってからじゃないかって…思ってる。
おじさん、も、…ずっと帰って来てないのか。
それも心配だよねぇ。連絡くらいは来るの?
ううん、本当に仕送りだけ…。し、仕送りに、私達への宛名は書いてあるんだけど…。
て、手紙とかはなくて…。
あ、あしながおじさんみたいだよね…。
ぱっと写真から顔を上げて
ね、ねえ、テルプの村の事ももっと聞きたいな。
お、お父さんとか、お母さんとか…。
俺っちのとーちゃんは…、
俺のちっちゃい頃に村を出て、街へと稼ぎに行こうとしたらしいけど。
…そのまま、それっきり。どうなったかは、知らない。
かーちゃんは、身体弱くて、寝てることが多かったけど、
信心深い人で、いつもお祈りしてたよ。
とーちゃんの無事とか、俺っちの未来とか、村の皆の健康とか。
俺が歌うといつもすごく喜んでくれて、それが俺っちも嬉しかった。
(テルプの昔話を、ひとつの言葉も残さずに真剣に聞いている)
…そっか…、無事…だといいね…。おとうさん。
それに、おかあさんも優しい人なんだね。
な、なんだか、喜ばせたくて歌ってるテルプ、想像できるな…。
(目の前のテルプを見詰めると、小さい頃のテルプを想像して顔を綻ばせた)
(見つめられて、急に照れたように顔をそむける。幼い頃の自分の写真を見られているような気恥ずかしさというか)
(顔を背けるテルプに「?」マークを浮かべつつも)
みんな…帰ってきてくれますように…。
(それはおじさん達だけでなく、テルプの父親の事も含めて。祈る神はないけれど、願う事はできるからと。
写真をしまうと、パタン、とアルバムを閉じた)
ねねね、ねぇねぇねぇ。
(閉じられたアルバムの周りで落ち着きなくうろうろ。アホ毛が踊る)
ね、アノチェのちっちゃい時の写真とか、無いの?
えっ!?
え、ええと…こ、この頃はあんまり数なくて…。ちょ、ちょっと待ってね、なるべく暗くないのを…
(と、アルバムをめくって探す)
こ、これ…とか…。
(恥ずかしそうに、テルプに見せた)
イラスト:とある孤児院より さま
…………。
(可愛らしさを無言で噛み締めて、手を合わせて拝んでる。尊い。
持ち帰りたい気持ちを抑えて、うんうんと頷きながら)
ああ、もう、可愛いなぁ、天使か…。いいなぁ双子。最高だな……。
(アノチェの肩をぽんぽんと叩いてまた頷いてる。
余程、心に訴えるものがあったらしい。
笑顔のふたりの写真をを見ていると、拾われる前の、おそらく厳しい生活だっただろう幼少時代を自然と思い浮かべて)
ああ、ほんとうに。ここにいてくれて、よかった。
この日に、改めて感謝だ。
(そのまま彼女の体を、抱きしめようと引き寄せて。)
え?え?ど、どうしたの…。急に…。
(引き寄せられるままに腕の中に納まる。そうしてぽつりと)
こ、子供の頃は、この日が怖かったんだ…。へへ…。
(ぎゅっと、その背に手を回そうとした。温もりにほんの少し甘えても、バチは当たらないだろうと)
な、なんだか、あ、改めて言われると、て、照れるね…。
へへ…、ありがとう…。
(「だいすきだよ」と蚊の様に小さく呟いた声は、その耳に届いただろうか)
…怖い?
(ふたりきりの孤児、窓の向こうの暖かな団欒。この日が寂しい、などと言うのなら想像する事が出来るのだが。──こわい?
だいじょうぶ、と優しく包むように抱きしめて)
……どうして? 怖いことが、あった?
(はっとした表情の後)
う、うん…。そ、その、嫌な思い…しなきゃ、いけなかったから…。
で、でも今は大丈夫だよ…?
(忘れていたわけではない。でも…。楽しくない、暗く、辛い話をしていいものか…。躊躇った後、笑顔で取り繕った)
…そっか。そ、だいじょうぶ。もう大丈夫。何も、追ってきやしないさ。
俺だって、側にいる。なんにも、こわいことなんて、ない。
(その小さな背中を撫で。両手で髪に、頬に、まぶたに。唇に、触れて。宥めるように、愛おしむように)
…………忘れちゃいな。
(囁いたその唇で、彼女に触れる。両手で触れた部分をなぞるように、愛おしむように)
(優しい抱擁を、唇で愛おしく触れてくるのを、心地よく感じながらも。
それでも彼女は首を振った)
…ありがとう、テルプ。
わ、私に、気を遣ってくれて…。
で、でも、私はそれでも、忘れないんだ…。
(私の…私達の罪を、忘れない…)
へへ…。そ、そうだよ?テルプがいるもの…!
(その手でテルプの頬に触れると微笑んだ)
(悲しみの上に微笑んで立つのだ。いつでも、この子は)
…………忘れちゃえ。
ね、おれのこと、だけ、考えて?
(怒ったような、拗ねたようなそんな表情で、甘い囁きを耳元で。
君はまだ全然俺のものじゃない。
いつでも、今でも、隙あらば「こちら側」へと誘いたいのだ。
惑わすように、絡め取るように、少し強引で深い口付けを)
──おいで。
(掠れた声)
(恋は何時だって、人を臆病にさせる。別の誰かなら、こんなに躊躇わなかっただろう。彼を愛するが故に生じた迷いが、いつしか、この書庫に漂う空気を変えようとしていた)
て、テルプ…?…んぅっ!
(耳元で囁かれ、びくりと身体が反応する。深い口付けを施され、呼吸もままならない)
わす…れ、たら…わたし、じゃ、なく…なっ、ちゃう……。
(初めての事で朦朧とした意識のなか、抵抗もせずされるがままに。あえぐように言葉を紡いでは、瞳は真っ直ぐに彼を見た。怒ってるような、拗ねたような彼の表情。おいでと囁く。私は此処にいるのに)
テル、プ…どう、して…。
(忘れようとするの…?)
(真っ直ぐな瞳を覗き込むように見つめる。その奥の奥にあるものを探るように、甘く溶かすように)
だいじょうぶ。俺が、ちゃんと側にいるから、大丈夫。
ぜんぶ忘れて、ばかになっちゃえば、…ん、ほら、気持ちいいことだけ…。
(言葉の合間に交わす口付けも、より奥へと、何か暴こうとするかの様に)
……「どうして」? 何が?
(何とか合間に言葉を伝える。それは、前から思っていたことだ)
どう、して、忘れようとするの…?
テル、プ、は…何、が、こわい…の…。
(シャランと、二人の間に挟まれた鈴が、窮屈そうに音を鳴らした)
わた、しは、痛くても…いい…。
ちゃん、と、受け止めたい…。
(一緒に居るのに、あげると言ったのに…どうして…。頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。抵抗をしても、これでは煽っているようにしかみえないかもしれない)
…誰でも、痛いのは嫌だし、悲しいことは嫌だよ。
俺は方法を持っているだけ。ね、幸せになる魔法だよ。
何が怖かったかなんて、もう、忘れちゃったよ。
だからほら、こうやって、笑える。
(微笑んで、手と手を重ねて。ふたりの鈴の音が交じる)
怖い夜を、消したいって、君も願った事があるんじゃない?
ね、いいんだよ。忘れていいって、言って? 君の声で、聞かせて。
(熱に浮かされた様に、吐息混じりの言葉を紡ぐ)
だって君だって、さっき、逃げたじゃない。
触られたくない、怖いところ、君にもあるんだ。
(言葉にされず笑顔に隠されたその痛みは。恐らく今でも、疼くのだろう?
俺なら、君を幸せに出来るのに)
(彼の瞳に、澱んだ水底のような、闇を垣間見た気がした。一体、どれだけの事を忘れ続けてきたのだろう。ずっと、そうして生きてきた、彼を、変えられるとは思っていない。忘れる事を、悪いこととは思わない。 それでも…)
(甘い誘惑に彼女は首を振った。共に堕ちてしまってはいけない気がして)
ご、ごめんね…。わ、私が、躊躇ったのは「嫌われたくない」って、思ったから…。
(覚悟を決める。嫌われてもいい。それでも私は貴方が好きだからと)
わ、私は…私達、は…拾われる前、わ、悪い事の手伝いをさせられてたの…。
(小さく、小さく、彼女は、歌を歌った)
…い、痛かったし、く、苦しかった。で、でも、それだけじゃなかったよ…。
おじさんと、おばさんに助けてもらって、名前をくれて。
わ、私は…「アノチェセル」は、その上に、あるの…。
わ、私が、私であるために、忘れないの…。
こ、これが、私…。
(その声は、震えながらも、凛としていた)
「アノチェセル」
(澄んだ声で、愛するその声で告げられた名は、そう、二度と忘れぬと、忘れたくないと願った名前で。
泣きそうな表情で顔を上げて、重ねた手にぎゅうと力を込めた)
アノチェ、アノチェ、ノチェ、俺、俺はね。
俺は、「ここにいる君」が、好きなんだ。
(それを、俺はどうした? 壊そうとした。)
…ノチェ、違うんだ。俺は。
(力なく首を左右に振り、うなだれる。握られた手もいつしか力無く垂れ下がり)
ね、あいしてる。どんな過去でも、愛してる。
ねぇ、ごめんね、ほんとうだよ。
俺、何も無くても、これだけは、ほんとうに。
(震える手は往生際悪く彼女を求め宙をさまよって)
な、何もなくない…!
(震える手を強く握った。消えてしまいそうで。繋ぎとめたくて)
て、テルプは、わ、私に、笑顔をくれたよ…?
い、いっぱい、歌って、いっぱい、話して、いっぱい、笑ってくれたよ…!
わ、忘れてたって、それは本当だもの…!
わ、私は、そんな、テルプがだいすきだよ…。ううん、あいしてるの…。
わ、私は、ここにいる。
「ここにいる私」を、テルプにあげたいの。
(どうか、どうか、おこがましくてもいい。彼の支えになりたい。水底に澱む、彼を…)
ね、俺ね、アノチェの側に居たいんだ。
ずっとアノチェの隣で、笑って、歌って、楽しい話したい。
(例えば何かが俺と彼女を隔てるのならば。そして俺が、「そちら」に居る彼女を愛するのならば、誘うのではなく)
ねぇ、君のそばに行きたいんだ、誰よりも、近く。
(俺が、そちらへ)
忘れてきた欠片は戻らないけど、ね、その空白ごと、愛してくれる?
(握られた手の暖かい感触を、まだ震える手ではあったけれど、嬉しそうに、握り返して)
──ア、
(唇に与えられる柔らかさに、胸がドクンと弾むように)
あ、のちぇ…。
(しばらく、それに応えるように長い長い口吻を交わして)
あの、アノチェ…。あの。あのさ、
(小さな身体を腕の中に収めて。心臓が早鐘を打っている)
あの。また俺、止まんなくなっちゃうから、さ。
(それだけ言うと、少し身体を離す)
い、いいもん…。
(離したくない、とぎゅっと抱きつく)
わ、わたし、もう、17だよ。
く、繰り返してるなら、も、もう、子供じゃないよ…。
(顔を真っ赤にして、テルプを見詰めた。こんなところで、何を言っているんだろうと、自分でも思う。それでも。時折聴こえる子供の声が、此処がどこなのかを知らしめているのに、切り取られたように、この空間がまるで別の世界のように感じられて)
……駄目だって、こんな…。
(言葉とはうらはらに両の手は彼女を引き寄せて。
外から遠く聞こえる子供らの声とかアルバムの中の写真とか彼女の兄の存在とか、そんな背徳感に、むしろ煽られて、そもそも忘れることは得意技で)
なぁ、もう、駄目って言っても止まんないぞ。
(彼女も、忘れてくれるというのなら)
(こくり、と頷く。シャラン、と鈴が鳴った)
い、いまは、テルプしか、見えない…から…。
わ、わたし、そ、その…。わ、わたし…
(そういう行為を知らない、と言いたいのだが、声も震えて上手くいえず。カタカタと震える。怖くて仕方ないのだろう。ぎゅっと、服を掴んでいる。ただただ、身を任せるだけ)
――シャラン、シャラン
(鈴が鳴る。風もないのに、分厚い幕が下りる音がした)
……だいじょうぶ。一緒に歌う時と同じ。
(震える手をしっかりと握る。出来る限り優しく。服の隙間から素肌に触れるとそこから互いの熱が伝わって)
ね、音みたいに、混じっていく、でしょ?
ゆっくり、溶けて、触れたところからひとつになる。……ゆっくり。俺に合わせて。
音じゃなくて、身体で、交じり合う。いつもと同じ。怖くないよ。
(言葉の合間に繰り返される口付けは次第に奥へ、大胆なところへと。
今すぐ激しく抱きたい、はやる気持ちを抑えるようにゆっくりと、自分にも言い聞かせながら)
──奏でよう。
(互いの鈴の音よりも近く、書庫にふたりの影が重なった)
────
――――――――――。
(奥で疼く、鈍い痛み。ほんの少し、意識を失っていたらしい。あまり見ない天井が見えて、それからゆっくりと視線を動かすと本棚が見えて、それから―大好きな人の顔が見えて)
てる…ぷ…。
(なんてはしたない事をしたのだろうとか、羞恥心よりも、消えてしまいそうな貴方と一つになれたことが、ただただ嬉しくて)
うれ、しい…。
あい、してる…。
(微笑んで、涙をひとつ、零した)
(無理をさせて、しまっただろうか。痛みを、消す魔法も使わずにありのままをぶつけた。受け止めたいと、望んでくれたから。
気遣うように彼女を床から守って、抱きしめて、その目元にキスをして)
あいしてるよ。
(しっかりと繋いだ絆を決して忘れないように。強く包み込んで。
少し色を変えた窓の外の光に、止まった時間がゆっくりと動き出すのを感じながら、
それでも一秒でも長く、往生際悪く、その肌に指を這わせてみたりして)
……ありがとう。
(何に対してか。受け入れてくれたこと? 耐えてくれた事にか。…違う、そんなんじゃなくて)
君が、居てくれて。君が、君で。
俺もうれしい。ありがとうね。
(微笑む瞳が、涙で濡れているように光る)
(何時までもそうしていたい気持ちを制し、気だるい身体を押して、彼を送る。彼女の兄が買い物から戻ってくるのと、ほぼ、入れ替わるように)
また…ううん、ずっと、会ってね
(風が立つ。夕闇に照らされた彼女の顔は、艶を帯びているようにも見えた)