忘れたいのならば
第ニ期:恋人
イラスト:かげつき
──ライノには、護ることを誓った少女がいた。
同じクランに所属するうさぎ耳の少女、カチュア。
彼女は父の仇である「黄昏の聖域」そのものを終わらせようと、冒険者となり強さを求めた。
遠い願い。叶わぬ望み。そんな彼女の側で彼女を守り続けることを、ライノは誓ったのだった。
カチュアは、隣に立つ男の想いを知らない。
クレメンティは、ライノと恋仲である、それだけで満足だ、と、ふたりの姿を見守るのだった。
決して、自分だけのものにしたいと、望んでしまわぬように、
彼の枷にならぬようにと、自分に言い聞かせて。
そんなクレメンティが倒れたのは。
よりにもよってライノと共に出かけた冒険での事だった。
石化の罠、その直後の敵の奇襲。
……守りきれなかった。
半分石と化した仲間たちを必死に抱えて戻ってきたライノはひどく憔悴し。
ベッドに横たわるクレメンティの側から、離れようとはしなかったのだった。
……………
暗い顔をした男がひとり入室する
…………
横たわる、恋人を見つめ、おずおずとそのベッドの側に近寄り、座り込む
…………
一瞬、ためらう素振りを見せるがその左手を弱々しく握り締めた
………
わななく口、言葉を紡ぐより前に、目からは涙が溢れ出る
…………
かすかに漏れ出る声、聞き取ることができたなら、男がひたすら謝罪を述べていることに気づけるだろう
かなしいうたは すきじゃない
たまたま前を通りがかっただけ。
ふらりと現れたテルプは、何日も眠っていないのだろう、酷く目を腫らしたライノへと、声を掛けた。
ねぇねぇ。
ねーぇ、イケメンのにーさん?
この場にそぐわぬ、曖昧な笑みをへらりと浮かべて、そっと耳元へ
悲しくて、痛くて、ぜんぶ、投げ出したくなったら、俺のトコおいで?
……貴方が、忘れたいと、心からそう願うなら、俺のうた届く筈なんだ。
見たくないもの、ぜーんぶ、忘れさせてあげる。
いつでも、こっち、来て、いーんだよ。
ゆっくりと、甘く優しく囁くように、笑みを深くして
──まってるよ♪
ベッドの主には目をくれずに。
ライノさんからの返事も期待してないような調子でそのままふらりと外へと。
顔を上げれば既にテルプはその背を見せ、部屋の外へ出ていく所だった
……忘れるなんて、したくない。できもしない。
そうさせるには余りにも救われすぎて幸せすぎたんだ、俺は。
むしろ忘れさせるべきなのは…… 横たわる恋人を見つめ
……貴方は俺を許さなくてもいい。忘れてもいい。だから……。…。
そしてまた謝罪の言葉を述べ始めた……
その後しばらくして、──周囲の人々の看病の甲斐あり。彼女が目を覚ましたという報を受けた。
快気を喜ぶ面々。
憔悴したライノを心配していた皆も、一安心。……誰もがそう思っていた。
クレメンティを除く誰もが、知らなかった。
一度石化した彼女の腕が、もう二度と動かないだろう事。
恋人をを苦しめたくない。 彼の枷には、なりたくないという想いで、 彼女は自分の後遺症の事を、誰にも言い出せずにいたのだった……。
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さて、クレメンティは医者として、新しい薬を開発していた。 未だ完璧とはいえない自分の作った蘇生薬。その効果をより高いものにするために。 クレメンティの研究室で行われていた新薬の実験に、天野が顔を出したのだった。
…邪魔をする。くれめんてい殿。元気になられた様で、安心した。
何でも医学の発展の為に尽力しておられると聞き及び、
不肖ながらこの天野輝樹、お力添え出来ればと思い参上した。
身体だけは頑丈故、好きに使ってくれ給え。
実は他の世界…他の国に居た時にも、
こういった治験に参加させていただいた事がある。
人がみな動く屍の様になってしまう──伝染病の様なもの、と言えば伝わるのか…
兎に角それに対抗する薬が必要でな。
皆で身を寄せ合い、襲い来る屍人と戦い、自分の事だけで精一杯の人間達の中で、
その病に立ち向かう人々は、強く、美しく思えたものだ。
人の力は運命を変える、とな。信じているのだ。
特に医療に携わる者の能力が、必要だと、思っておるよ。世界には。
……さて、これを頂けば良いのかな?
(新薬を飲み干した!)
ダイス結果によって副作用が変わるよ
あら、天野さん。心配、してくれてたのですね。ありがとうございます。
…人が、動く屍のように…。異世界とはいえ、奇病もあったものですね。
……もしわたしがその世界に居たとして、何か力にはなれるのでしょうか…。
ああいえ、弱気になってはいけませんね。
勿論仰る通り、運命を変える薬を作ろうとしているのですから。
ご協力、感謝します。
→@麻痺
A陽気になり急に笑い出す
B特に何事も無く戻る 薬を差し出した!
うむ、頂きます。
(律儀にしっかりと合掌してからぐいと飲み干す)
飲み薬、なのだな。
どのような状況でも服薬出来て良い…な…
……っ すま…ない、少し、失礼する。
(思い通りに動かない身体を支えられず、近くの腰掛けに崩れ落ちる様に腰掛ける)
ふ、ふふ…。いや、何。昔の事を思い出した。
こんな風に、薬の、副作用に翻弄された事が、あったな…。
其の時は一晩吐いて吐いて大変だったが… ふふ、ふ。
苦しんだだけの成果はあったぞ。凄まじい肉体強化薬であった。
どうだ君も興味あろう。通常の銃器などでは傷付かぬ、身体だ。
(苦しそうな表情ながら、テンションが上がっているのが見て取れる)
ふ、はははっ! 屍人共など敵では無い。
これまで恐れ、怯えていた奴らを、
逆に蹴散らすのは。中々、愉快な気持ちであったぞ。
奴らが敵で無くなれば、次の敵は、…人、であった。
己(おれ)と同じ様に強化薬を使い、肉体を鋼へと変え、貪欲に強さを求める彼ら、も。
化物に対抗する為自らバケモノと為るのだ。何とも滑稽ではないか。
ははははっ!
嗚呼、あの場所は。あの地獄は。──最高だ。
おれが己(おれ)で居られる場所だ。
(楽しそうに、愉しそうに。ひとしきり笑う。)
────。────?
はて、何の話をしていたか。
(どうやらよく覚えてないようだが<、けろりと、何だかすっきりした表情で座り直した)
(呆気にとられながらも)
……あ、もう大丈夫ですか…?なんといいますか、過酷な環境にいらっしゃったのですね。
…肉体強化、ですか…。興味がないわけではありませんが。仰る通り負担も大きいですからね…。
ええと、少し身体が麻痺されてたのでしょうか。今はどうですか?
うーん…この薬、副作用が切れるタイミングがよくわからないですね。改良の余地あり…と。
ああ、少々お待ち下さいね、報酬をお持ちしますので。
(「えぐみの強い万能薬」を持って出てくる)
お待たせしました。こちら報酬のお金と薬品です。B級品ですのでためらわず売って下さいね。
実験はこれにて終了ですよ。ご協力ありがとうございました。
…薬人を殺さず、薬師人を殺す。でしたか。
その肉体強化薬の件のような争いは…悲しいことですね…。
…ん? ああ、身体は、うむ、何ともなさそうだ。
何だか随分気分が……高揚していた様に思う。
(手をわきわきさせて首を傾げている)
争い、な……。特に悲しい事でもあるまい。万事、塞翁が馬。
争い勝ち残ったものがより強くより良いものを生み出すかもしれぬ。
己(おれ)も、君も、より高みを目指して精進すれば良いだけの事。
其れが正義か悪かなど、後の人間が勝手に決めてくれるだろうよ。
しかし、こんな簡単な事で報酬など頂き、良いものなのか。
有り難く頂いてはおくが…。
何か、薬が入用になったら、宜しく頼む。
(部屋を出る前に、一礼)
簡単なことに思われるかもしれませんけど、こちらとしては大変助かっていますので。
報酬の件お気になさらずね?お気をつけて帰られて下さいね。
(部屋を出て行く天野を見送って)
………。そういう考え方も、あるにはありますよね…。
(誰にともなく、ため息を一つ)
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冒険は数多の危険と隣り合わせ。
やがて来る死を避けるために、彼女は蘇生薬の改良を重ね続ける。
昔、医者として、助けられなかった生命を背負って。
強い効果を持つ薬は、強い副作用が伴うものだ。使わずにすめばこの上ない薬ではあるが、それが必要となる事件は間もなくやってきた。
今度はライノが、黄昏の奥深く、石化の罠の前に倒れたのだった。
…石化罠でメンバーの半数以上が石化、ライノも。
そのままダンジョンの主と遭遇、そして全滅、だったらしいから。
立て直すのも救援も結構時間がかかったみたい。
クレメンティからもらった蘇生薬も間に合ったかどうか、わからないわ。
…石化状態も長かったから、もしかしたらこのまま…、なんて。
……、ワタシは信じないけど。
(挨拶もそこそこに駆け込むように彼のそばへ)
…っ、(聞かされはしていたが改めて自分で脈を取りその体温を、呼吸を確かめて)
………お側に、います。あなたがそうしてくれたように、わたし、信じてますから…。
(愛する人の手を握りしめて、そのまま寝台の横に座り込んだ)
目の前で恋人が倒れること。 自分がいないところで恋人が倒れること。 どちらが辛く悲しい事なのか。……自分には分からないな、とテルプは思った。
(ライノは目覚めない。クレメンティがずっと共に居ると聞き、ふらりと案内されるままに部屋へとやってきた。横たわる男の手をしっかり握る彼女に、手を上げて挨拶を)
……たまたま、近くに来ただけ、なんだけど。
何か、大変、みたいだね。これ、おみやげ。ねーさんに渡しておけばいいかな。
(先程買ったばかりの果物の入った籠を、脇のテーブルに置き。傷まないものにするべきだったな、と思う)
(勧められてもいないのに勝手に椅子を引き出して横へと座ると、ナイショ話を打ち明けるような悪戯な笑顔で、彼女の顔を覗き込んで)
──俺ね、魔法、使えんの。
貴方が望んでくれるなら、辛い事も悲しい事も、みんな忘れられるんだよ。
ねーさんが寝込んでた時ね、そこのイケメンにーさんにも
忘れてみる? って。そう聞いてみたんだけど。
忘れたくないって。できないって。……幸せだったから。
ねーさんは、こうやって戻ってきてくれたけど…
仮に、貴方が本当にいなくなってしまっていたなら。
それでもにーさんはその痛みを、持っていくつもりだったのかな。
例え貴方が「自分の事を忘れてどうかしあわせに」なんて願っても
その望みに背いて、しあわせを手放そうとするんだろうか。
(横たわるライノさんに、ここで初めて目をやった。無表情に。)
──それとも、「貴方と居た」という幸福は、この先永劫背負い続ける喪失の痛み以上だというんだろうか。もしそうなのだとしたら。……俺の歌の、出番なんて無いや。
(がたりと、無遠慮な音を立てて席を立ち、クレメンティに向かって柔らかく微笑みながら)
忘れたその先には、多分何も残らない。
それでもそれを望む時が来るなら、ねーさんも、いつでもおいで?
何もないその上にだって、何か、重ねて行ける筈なんだ。…多分、ね。
(来た時と同じ様にふらりと部屋を後にする)
(テルプの言葉を聞きながらも、視線は動かず、誰に聞かせるでもなく)
……わたしは、…も、忘れたくなんて、忘れることなんて、できません。
はじめてだったんです。わたしの人生の中で一番幸せな時をこの人はくれたから、
心の底から信じることができて、その腕に命を預けることができるひと。
………まだ彼は生きているもの、死なせなんてしない、わたしが生きている限り。
そう信じているし、信じてくれてる、そのはずだから…。
ねえ、ライノさん、わたし、本当はあなたを起こせるかも、しれないの……。
…薬を、もう一度飲んでもらえれば、あなたの意識を連れ戻せるかもしれないんです。
でも、できない。こわいんです。
後遺症の危険があるの。魂にも影響が出るかもしれないんです。
それに、死に至るリスクだって。
…………今なら、わたしわかります。
昔言われたの。生きてさえいてくれればよかったのに、と。
こわい。わたしはこのままあなたが眠り続けることよりも、
わたしが何かして死なせてしまう方がこわい。
この熱が完全に消えてしまう方がこわい。
もしあなたを失ってしまったら、わたしはわたしによる責任の追求に耐えきれない。
だから何もできない。こうして、側にいる以外に、医者ならやれることができない。
待つしかできない。彼女を安心させることも、涙を拭いてあげることもできない。
…あなたが生きてることに、この低い体温に、甘えてるの。
どうか、この臆病な女を許して、我が儘が許されるなら…どうか、…目を、あけ、て……。
(ずっと彼の呼吸を見つめていた目が涙で歪んで、彼女はこのとき初めて顔を伏せた)
(いい子になってねどうして父さんはいないのワタシのせいで父さんは死んだのだからやっぱり貴方もあの人の息子ね出て行ってあのまま死んでも俺は良かったのに、―――ワタシは悲しい)
(なつかしい夢をみていた、気がする。あぁそうだ、俺は、悲しませたくないから、カチュアとそれとこの手を握る)
……、クレ、メンティ………泣いてるんですか……?
(男は目を覚ましそばにいる女、――その表情は伺えない、に小さく問う。部屋の隅に控えていた鈴木が急いでカチュアを呼びに行った)
…ぁ……、
(顔を上げて、目を見張れば大粒の涙が零れ落ちる。それでもわらわなければ、と、いつかと同じ、ぎこちない笑みを浮かべて)
ライノさん、わたし、ずっと、しんじてました…!よかった…!
(身体を乗り出して、彼の背に腕を回そうと)
(その涙の意味も図ろうとして自らの状況を把握する)
なんで、…あぁそうか、俺……
俺もよかった…、帰って来れた……ここに。
(抱擁を受け入れ、また自らも力なく腕を持ち上げる。弱々しくもそれでも熱がそこにあった)
クレメンティと、クランの仲間たちの看病の甲斐あり、──
またライノの普段の訓練の賜物だろう、目覚めてからの彼の回復は早く。
かげつきのクランの拠点にも、すぐに元気な顔を見せに来てくれた。
えぇっと…ここで合ってる…ぽいな。
邪魔するぜ。一突き隊のライノだ。
なんだか、見舞いに来てもらったようで、ありがとう。
鈴木から聞いたが、俺のときと同じことを言ってくれたようだな。
…俺はお前の提案は正直好かん。
嫌なことも…自分の責任も真正面から向き合うやつを隣に置いてる身としては。
が、それは別として、見舞いに来てくれたことには感謝する。
それとイケメンにーさん。うん、イケメンにーさん。
いい響きだな…さすが吟遊詩人…
そうだいつかの歌もすっごく良かった!いい物を見して、いや聞かしてくれたよな!
というわけでお礼はこれだ。
(イズレーン製のお茶、緑茶のようだ)
まぁまたいいもん聞かしてくれ。イケメンなにーさんの活躍譚でもいいぞ!
(なんだか調子乗っている)
や、にーさんこんにちは。わざわざ来てくれたんだ、どーもね。
…見舞いは、何ていうか、ついで、だったから。礼なんて、悪いねぇ。
でも貰えるもんは遠慮なく貰っとく♪ ありがとね♪
天野っちがすげー喜ぶわ、コレ。(お茶を大事に受け取ってにこにこと)
ふーん、俺っちの魔法は好きじゃない、か。そっか。
つまり貴方は。その、貴方の隣にいる誰かの事、随分と好き、なんだろうね。
「嫌な事も、自分の責任も」
貴方がそうやってその誰かを信じる想いも。
忘れること、目を背け逃げ出すことを厭う気持ちも。
…それらは全て誰かの周りに壁となり枷となり逃げ場を奪って。
何処へも行けずに、目をそらせずに進むしか無くて。
その誰かが貴方の知らない間に潰れてる、なんて
そんな事にならないように。祈っておくよ。…皮肉じゃなく、ね。
(話しながら何だか無表情な笑みを浮かべていたが、
一瞬、目を閉じた後ぱっと開くと楽しそうにニヤリと笑って)
イケメンにーさんの活躍譚?
……罠踏んで石化したりとかか。
……
(意外なテルプの言葉を黙って聞き)
…、勘違いするなよ。俺は捧げたんだ。
行く道を例え引き返すようなことがあっても、
忘れたいと仮にその誰かが願うなら、俺は、俺だけは肯定する。
少なくとも、俺を隣に置いてくれるうちは。
そうだな、訂正しよう。今は、お前の魔法は好かん。
……だが感謝する日も今のところはないだろうがな。
(笑みの変わるテルプに食えない奴だなと思いつつ)
そうそう、食わず嫌いって言葉もあるからねぇ。
気が向いたらいつでもおいでよ。
喉が乾く時だってある♪
それは甘美な蜜の味♪
おー、しっかり本調子になってさ。活躍、期待してるよ。
(楽器をかき鳴らし、適当に歌を歌いながらライノさんを見送って)
捧げた、か。
……何処にも、行けないのは、貴方のほうかな?
(つぶやいた、その笑顔を、見るものは誰もいなかった)