白亜の壁
第三期:そして未来へ
セフィドの街には、白い壁の建物が建ち並ぶ。
子供の頃の、長いながい夢を見たような気がする。よく覚えていない。
…………。
寝ぼけた頭のままで作業場へと。
記憶の隅に引っかかったような何かを形に、するために。
出来上がったのは見知らぬ数字の刻まれた金属製のアクセサリ。
彼は仕上がったそれを見つめて、……首を傾げると。
それでも大事に、ポケットへと仕舞いこんだ。
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失礼するよー。
なーんかいろんな所で会ってるみたいだし、改めて挨拶に来たよー。
まずはお近づきの印に…。
(大きめの両手鍋たっぷりのブリ大根を差し出し)
これ、アタシの幼馴染の手料理なんだけど、
其方のにーさんの中にイズレーン風の料理が好きな人がいるらしいからそういう料理にしてみたんだって。
まぁ…男三人が食べるにしてもかなり量が多いけど…味はアタシが保証するよー。
いらっしゃーい! どーもどーも、わざわざありがとー♪
ホント、色んなトコでお世話になってるけど、
こうやってゆっくり顔合わせる事ってなかなか、無い、よね…。
と言いかけて、風子さんの顔をマジマジと見ている。
いつかどこかで、結構ゆっくり話をしたような…、などと考えつつ、
手繰る記憶の中にそんな光景は無くて。まぁ気のせいかな、と自分を納得させる。
うおー、すっごいいい匂い! なんだっけ、これ、魚と……大根!
イズレーン好きは、うちのリーダーの天野っちだね。
これ、ほんっとに喜ぶよ、ありがとう!
天野っち、人の倍以上食べるから、量が多いの助かるんだ。
えへへ、今日はいっぱい白ご飯炊こう。(炊いてもらおう、の間違いではないのか)
あと…これも……。
(そういって続いてし取り出したのはとげとげのサボテンが植えられた金属バケツ)
これを見てたらなぜかテルプにーさんの事を思い出して…何でだろね?
(風子は不思議そうに首をかしげたが)…まぁ、いっか。 これもどうぞだよ〜。
(とげサボテンが入ったバケツを差し出した)
鍋に続き、差し出されるバケツを受け取って
……サボテンだ! ひっさしぶりに見たな!
いや、俺っちの住んでた南部には結構たくさん生えてたんだけど
こっち(セフィド)来てからはなかなか、売ってもいないでしょー?
俺っちの事思い出したの? ──何でだろうね?
……南出身だからかな。
一緒になって首かしげ
でもほら、いいね、このトゲトゲ感、今みてもやっぱかっこいいなぁ。
見てよ、ホラ、特にここの攻撃力の高そうな。
よし、部屋に飾っとこう! ありがとうねー♪
ああ、歌なら、冒険中にも歌ってたりするけど、
折角だからそっちのクランの皆にも、一度しっかり聞いてもらっちゃおうかな♪
また、遊びに行かせてもらうね。こちらこそ、今後とも、よろしくー♪
両手に掲げたサボテンを、どこに置こうか、あーでもないこーでもない、と、嬉しそうにうろうろしている。
さて、再び、「巡りの日」が近づいてきている。
今回も、また時間が巻き戻るのであろうか。
それでも。繰り返しだとしても、日常は過ぎていくのだ。
あ、あ、アノチェ、あのちぇーーー。
壁とか門とかに隠れて、小声でアノチェを探しているが、
ぴこんぴこんとはみ出るアホ毛をそこらの子供に見つかって
うぉ、なぁ、ちょうどよかった。ちょっと、アノチェ呼んできてくれ。
あの、くれぐれも、孤児院の大人の人に見つからないように! な!?
アノチェの両親(義理だけど)へのご挨拶をせねばならぬのだ。しかし! まだ! その時ではない!! アノチェと作戦を練る必要がある…っ! ていうか服とかどうすればいいんだろう。やはりかしこまった方がいいんだろうか。おみやげとかいる? そんな事をぐるぐる考えながら、ついつい先延ばしにしてしまうテルプだった。チキン!
(※新アイコンのアノチェさんに会いに来ただけです
…なにやってんの…。
呆れた口調で
あー、なるほど、まだ挨拶しづらいからこんなこそこそしてるのな。
はいはい、アノチェねー。呼んでくる。
お、アルバ。……そうそう、挨拶なぁ。やっぱ第一印象大事っぽいじゃん?
こう、アノチェに相応しいっぽい色々を考えてから、と思ってんだけど…
どーも俺っちそういうのよく分かんなくてさ。アノチェと色々相談を、と。
そう思ってさ。呼んできてくれると、助かる。
こっそりな! こっそり!
すみっこにしゃがみこんで隠れている。つもり。あやしい。
…わっ…! て、テルプ?! …ど、どうしたの…そんな、こそこそして…。 こてんと首を傾げながらも逢えたことには嬉しそうに笑って
とことことやってきたアノチェを目にして一瞬動きが止まっている。
……ノチェ?
──えっと、何か、今日は…一段と可愛らしいね?
戸惑うような、照れたような顔で笑うと、改めてしげしげと彼女の姿を眺めて。
あ! そっか髪型だ!
前のも可愛らしかったけど、何か、今の、すごく、大人っぽいっていうか。
少女、から、女性の雰囲気をまとった恋人の姿にどきどきしながら
すごく、素敵だね、ノチェ。
アルバの髪型の事はあまり気にしてないっぽい!
唐突な「可愛い」発言に顔を赤らめて
う、うん。髪伸びたから…変えてみたの。
えへへ…嬉しい。
て、テルプに、そう言って貰えるの、一番嬉しい…。
あ、ありがとう…!
恋人に褒められて彼女ははにかんだ
え、えと、それで…今日は、どうしたの?
え、えと…デート…する?
そっと恋人の手を取って
(俺も髪伸びてるんですけどおーい…いいやほっとこ) いつもの事なので諦めてすたすたと立ち去っていった
何しに来たんだっけ、という自問は彼女の笑顔に掻き消えて
うん、ちょっと、そこら辺歩いて…いい天気だけどまだ寒いし
どっかであったかいものでも飲んだり、どうかな。
白く柔らかな手を、温めるように両手で包んで、相手と同じ様に、同じ気持ちではにかんで。恐らく今日は彼女の顔ばかり見つめているのだろう。
ご両親への挨拶は当分先になりそうな雰囲気である。
包まれた温もりに、気持ちまでふんわりと温かくなる。
う、うん!
あ、あのね、て、テルプが好きそうなチョコドリンク売ってるカフェ、見つけたんだよ…!
ず、ずっとテルプが来たら案内したいって、思ってたの…!
ね、一緒にいこう?
彼が心配している案件を他所に、そう言うと手を引いて。
デート中、目が合う度にはにかんで。
きっと今日は遅くまで…楽しくて、それでいて…甘い一日を過ごしているだろう。
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恋人たちが甘い日常を過ごしている間、赤坂はといえば、
他のクランに協力を仰がれ、様々な戦いへと身を投じていた。
ある時は街の人々を守るため大規模な戦いを、
またある時は凶悪犯を捕えるために知恵を出し合って。
中でも激しかった戦いが、英雄の丘攻防戦。
「英雄の丘」……天命尽きた冒険者たちが眠る墓場。
そこへ、何者かに操られたゾンビが大量に攻め込んできたというのだ。
ゾンビと聞いて勇んで武器を取った天野と共に、化物を率いる謎の集団を退けるため
光の剣で多くの敵を、撃ち抜いた赤坂であったのだが……。
イラスト:かげつき
その戦いを共にした男が一人、クランへと現れた。
男は赤坂に礼を告げると、新たに届いた書状の写しを持ってきた。
再びその謎の集団が、不穏な動きを見せているという。
あ、どうも、その節は、お世話になりました。
大変な戦いでしたね…。怪我をした方が少なければ、いいのですが…。
書状も見せていただきまして。
──あまり戦いには向かないクランですけど
少しでも、お役に立てることがあれば。是非よろしくおねがいします。
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そういえば最近の君はなかなか精力的に活動しておった様だ。
感心感心。
……別に。だいたい何か、なりゆきですけど。
いやいや、それにしても。 受け身でしか無かった君が素晴らしい進歩であると思うよ。 特に、…いつだったか。無数の光の剣での攻撃で、敵を撃ち抜いた時があったろう。 あれは実に、攻撃的で良かったと思う。
──あれは。みなさんの応援のお陰で。
いやいや。そうは言っても。君も、気持よかったであろう。
…………。
君は、なかなか戦いに向いていると思っているのだよ。己(おれ)は。
────父や母には見限られましたが。
もう少し攻撃の魔法を強化してみぬか?
……さっきから何なんですか。
──見ていたよ。
あの攻撃の後の、震える掌を見つめる君の、表情は。
戦いを忌避する者の顔では無かった。断言しよう。
──だから。なんなんですか。
──上位存在というものの意味を知っているか。
…………はい?
──いずれ、己(おれ)と共に来ぬか。
…………えっと。……会話しましょ?
……以前、軽く話したことが無かったか。
己(おれ)が黄金の門をくぐりここに来た様に、いくつもの世界を渡る門がある。
…己(おれ)はいずれそれを使ってこの世界を去るが、
その時に君も来いと、そう言っている。
通常の人間であれば、己(おれ)の世界に降り立った瞬間に生命が喰われてしまうのであるが
既に君とてるぷ殿が己(おれ)の世界の適合者である事は確認済みである。
というか、……このくらんが適合者によって構成されている、というべきか。
己(おれ)の国は、屍人の病が蔓延しておってな。
其れを何とかする為に、世界を渡り時間を巡り、しているのだが、
答えには、……最適解には、未だ辿り着けないで居る。
己(おれ)は頭を使うのは苦手だが、君はそういうのは得意であろう。
協力してくれると、嬉しいと、そう言っておるのだよ。
──ひとりで、巡るのは、些か疲れた。
…………。
──あなたが求めるような事、僕に出来るとは思えないんですよ。
……この世界自体に未練は無いか?
今、己(おれ)が君に求めているのは、それだけだ。今のところは。
────……。
……特に無いですね。
……! そうか。──そうか。
いずれ、その時が来る。
それまで、どうか、考えておいてくれ給え。
この世界を守り続ける価値が、君にとってあるのかどうかを。
────。 とりあえず。考える、だけなら。
そんな会話をしながら、僕は先日天野さん宛の手紙の内容を、思い出していた。
──机の上に、広げてあったからつい、見てしまったのだ。
天命喰らいによる世界の終わり。
それに向けて、セフィドが島を丸々ひとつ壁で囲ってシェルターを作っているのだ。
政府の要人達を匿う為。
動いているのはセフィド国王であるヘリオス陛下にごく近しい人間で。
その、秘密裏に進められている計画に、何故か天野さんが関わっている。
というか、彼自身が……国王にその計画を進言したようだ。
僕らの本拠地がずっとセフィドである理由は、
おそらくこの計画を推し進めるのに都合がいいからなのだろう。
しかし。セフィドを天命喰らいから護る事が彼にとっての「やるべき事」であるとは到底思えない。
この計画と、天野さんの国を救うこと。ふたつの間にどのような関係があるのだろう。
──ゾンビと戦うための、……ゾンビから身を守るための街作り?
あの島はその予行演習、という所だろうか。
僕はそんな風に考えていた。
彼の本当の目的を。この時の僕はまだ、想像だに出来なかったのだ。